元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。

4、私にもできること。

 その夜、アンジェリカはベッドの縁に座って、クラウスが来るのを待っていた。
 裾がフリルになった、純白のネグリジェを身につけた彼女は、暖色の明かりに照らされている。

「……勢いで誘ってしまったけど、ちゃんとできるかしら」

 アンジェリカは少し不安になりながら、今朝の内緒話を思い出していた。
 その内容はこうだ。

『まずは坊ちゃん……クラウス様をお誘いするのです。彼もお忙しい身ですから、時間は遅い方がいいでしょう、寝る前に二人きりで話がしたいと言ってくださいな、そうすればきっと、喜んで来られます。そうね、彼を待つのはベッドの上がよいかと、お越しになったら、隣に座るよう促すのです。それから手を握って、上目遣いでクラウス様を見つめながら、気持ちを込めてお願いするんですよ。何度も断られても、めげてはいけません。断られる度近づいて、しつこくねだれば、絶対に上手くいきますから』

 自信満々に言うヴァネッサに後押しされ、アンジェリカは作戦を決行することにした。
 夕方に帰宅したクラウスに近づくと「今夜、部屋に来て、二人きりで話したいわ」と、耳元で囁いたのだ。
 すると、クラウスは、目を丸くした後「……はい」と短く答えた。
 ずいぶん反応が薄いと感じたアンジェリカは、来てくれないのではと、心配になっていた。

「もしかして誘い方が悪かったのかしら……でも、クラウスなら、きっと来てくれるはず」

 鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていたが、一応「はい」と答えていたので、来てくれると信じるアンジェリカ。

「ええと、上目遣いで見つめて……じゃなくて、先に手を握るんだったかしら、それからお願いをして、だんだん近づく……?」

 クラウスが目の前にいると想像して、シミュレーションするアンジェリカ。
 だが、この状況で料理の件に触れるのは不自然な気がした。
 ヴァネッサとルカナに乗せられるがまま行動したものの、他にもやり方があったのではないかと考える。

「……お願い事をするなら、茶菓子でも用意した方がよかったんじゃないかしら。少しずつ話をして、その流れで頼んだ方が自然だったような……だけど夜中にベッドの上でお茶会というのは変だし――」

 アンジェリカは不意に、言葉を切った。
 そこまで口に出して初めて、重大なことに気づいたのだ。
 夜中にベッド、若い男女が二人きり……。
 その意味を初めて深く考えたアンジェリカは、急にカーッと顔を赤くした。
 ――わ、私、実はとんでもないことをしてるんじゃ……!?
 アンジェリカは自分の言動を振り返り、置かれた状況をようやく理解した。
 実は、これこそがヴァネッサの本当の計画だった。
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