元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「お仕事お疲れ様でした、毎日がんばっていると、フリードリッヒに聞いたわ」

 ソワソワするクラウスとは逆に、アンジェリカは落ち着きを取り戻していた。
 クラウスの顔を見ると、先ほどの焦りがすっかり消えてしまったのだ。
 それほどまでに、アンジェリカは彼を信じ、安心しきっている。

「ありがとうございます……あなたにそう言って迎えてもらえると、疲れが吹き飛びますよ」

 クラウスは少し照れくさそうに答えると、隣に座ったアンジェリカを見た。
 
「あなたの方は、どうでしたか? ブリオット家の一日は、問題なく過ごせましたか?」
「ええ、みんなとても優しくしてくれて、嘘のように快適な一日だったわ」
「それはよかった」

 アンジェリカの平穏を、心から喜ぶクラウス。
 その優しい微笑みを信じて、アンジェリカは本題に入る。

「……クラウス、実は、お願いがあるんだけど」
「お願い? なんですか? なんでも言ってください、全力で叶えてみせます」

 クラウスは素早く反応を示すと、アンジェリカに前のめりになった。
 アンジェリカの役に立てることが嬉しく、なにより頼りにされていることが誇らしく、クラウスは目をキラキラ輝かせた。
 しかし、それは長くは続かない。

「料理をしたいと思って……」

 クラウスはピタリと動きを止め、同時に目の輝きを失った。
 アンジェリカの口から出た台詞。
 それを何度も頭の中で繰り返す。

「……りょ、リョウリ……?」
「え、ええ」
「リョウリというのは、あれですか、食材を切ったり煮たりして食事を作る……」

 かなり動揺しているのか、クラウスの『料理』のイントネーションがカタコトのようになっていた。

「もちろんそうよ、今日、クラウスが出ていった後、そういう話になって」
「ダメです」

 クラウスは低い声でキッパリと拒絶した。
 話を途中で遮断されたアンジェリカは、目を見開いて一瞬固まった。
 予想以上に厳しい返事に、頭の中の計画が全部吹き飛んだ。
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