元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「……そ、そんな顔をしてもダメです、僕はあなたのことを考えて」
「お願い、クラウス、あなただけが頼りなの」

 意図せず計画通りに、断られる度に距離を詰めるアンジェリカ。
 愛する女性のおねだり攻撃に、耐えられなくなったクラウスは顔を逸らした。
 そしてアンジェリカの手を振り解くと、身体ごと前を向く。
 意外な反応に驚いたアンジェリカは、怒らせてしまったかと不安になったが――。

「僕は少し傷ついているんです……あなたから二人きりで話したいと誘われて、喜んでいたのに、料理の許可を取るためだけに呼び出されたなんて」

 そっぽを向いて、ムスッとするクラウスに、アンジェリカはホッとした。
 怒っているのではなく、拗ねているだけだとわかったからだ。
 
「確かに、料理のことをお願いするためでもあったけど、二人で話したいというのも本当よ、私たちずいぶん離れていたから、今のクラウスのことを、もっと知りたいと思っていたし……」

 アンジェリカの好意的な台詞に、クラウスがチラッと視線を戻す。
 するとそこには、偽りない笑顔を向ける彼女の姿。
 それを見たクラウスは、額に手をあてため息をついた。
 この笑顔が曇るところを見たくないなら、選択肢は一つしかなかった。

「わかりました」

 クラウスが渋々了承すると、アンジェリカが目を輝かせた。
 上手く使われていると思っても、こんなに可愛い顔をされては抗えない。惚れた弱みというやつだ。

「ほ、本当に……!?」
「その代わり、必ずガルシアと、他にも数人、コックをつけてください、よく話を聞いて、初歩的なことから少しずつやっていってください……怪我したら今度こそ禁止にするので、そのつもりで」
「ありがとう、クラウス、無理を言ってごめんなさい、だけど本当に嬉しいわ!」

 花のような笑顔で、目一杯喜びを表現するアンジェリカ。
 彼女の無垢さが、今のクラウスには酷でもあった。
 まさかとは思ったが、少し期待してしまった。もしかしたら、今夜結ばれるということがあるかもしれないと。
 純情を弄ばれた気になったクラウスは、ほんの少しだけ報復したくなった。
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