元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「……あなたはずるい人だ、あなたが本気でねだったら、僕が断れないことをわかっているのでしょう」
「え、そんなことは……」
「わがままを聞いてあげたんです、これくらい許してください」

 なんのことかしらと、アンジェリカが疑問に思う前に、クラウスは彼女の唇を奪った。
 
「んっ……!?」

 それは、初めてのキスとはまるで違った。
 触れるだけの軽いものではなく、深く濃厚なキス。
 突然のことに混乱するアンジェリカだが、クラウスにガッチリ抱きしめられて逃げることもできない。
 ――なにこれ、こんなの、知らない……!
 アンジェリカは強く目を閉じて、クラウスの熱烈な口づけを受け止める。
 そうしてされるがままになること数分……クラウスがようやく異変に気づいた。
 まったく動かず、力も入っていない様子のアンジェリカに、違和感を覚えたクラウスが唇を離し、抱く力を緩めた。
 途端、支えを失くした彼女が、ぐにゃんと後ろに倒れそうになる。
 クラウスが急いで腕に力を入れ直したため、倒れることはなかったが。
 
「だ、大丈夫ですか!?」
「だ、だい、じょう、ぶ……」

 アンジェリカは真っ赤な顔で、骨抜き状態になっていた。
 その状態を見たクラウスは、悪戯が成功した子供のような気分になった。少しやりすぎたかもしれないが。

「あんな濃厚なラブストーリーを読んでいたのに、ずいぶん初々しい反応ですね」
「う、そ、それは、物語の内容として知っているだけで……」

 恋愛の本が大好きなアンジェリカは、子供の頃から、大人向けの物語も読んでいた。
 そこには男女の濃密な描写もあったわけだが……想像と実際するのとでは、全然違う。
 乙女であるアンジェリカにとって、今のクラウスのキスは刺激が強すぎた。

「そう言うクラウスは、ずいぶん慣れているのね、一体どこでこんな経験を積んだの」

 アンジェリカはほんのり滲んだ額の汗を、指の甲で拭った。まだ全身がポカポカと温かい。
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