元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「しいて言うなら頭の中でしょうか、ずっとあなたに触れることばかり考えていたもので」

 クラウスは顎に手をあてて答えると、少し意地悪く笑ってみせた。
 地下生活を送っている時、そんなことが起きていようとは、アンジェリカは夢にも思わなかった。
 まだ性の目覚めを知らないアンジェリカは、クラウスに置いていかれたような、複雑な気持ちになった。

「私の方が年上なのに、なんだか恥ずかしいわね……」

 クラウスは恥じらうアンジェリカの顔を覗き込んだ。

「アンジェリカは、僕のことをどう思っていますか?」
「どうって……大切な人だと思っているわ」
「では好きですか?」
「もちろん好きよ、昔と変わらず」

 即答するアンジェリカに、ガクッと肩を落とすクラウス。
 昔と変わらず好きなんて、そこは変わってもらわないと困るというものだ。
 クラウスが求めているのは、感謝とか尊敬だとか、そんな綺麗事では済まされない深い愛情。
 だが、アンジェリカの気持ちはまだそこに至っていない。
 いや、至っているのに、気づいていないだけかもしれないが。
 苦悩するクラウスを、アンジェリカは首を傾げて眺めていた。

「……僕とハグしたり、キスするのは嫌じゃない?」
「えっ……い、嫌では、ない、と思うわ」

 クラウスのストレートな質問に、アンジェリカは頬を染めて目を泳がせた。
 明らかに悪い反応ではないし、異性として意識しているようにも見えるのだが。
 しかし、焦りは禁物だ。まだ、アンジェリカはここに来たばかりなのだから、今はハグやキスを嫌がられていないだけ、よしとしようとクラウスは思った。

「安心してください、あなたを抱くのは、きちんと婚礼を済ませてからだと思っているので」

 アンジェリカを真剣に見つめて、ハッキリと伝えるクラウス。
 紳士としてきちんと順序は守る。ただし、婚礼が終われば、必ず抱くということだ。
 それでもアンジェリカは、猶予を与えてくれた彼に感謝した。
 まだ心身ともに準備が必要だった。

「……あ、ありがとう、その、待ってくれて……私も、ちゃんとクラウスのことを考えるから」
「わかってくれたらいいんです」
「だから、とりあえず今日は、一緒に寝ましょう」

 ――いや、全然わかってないな。
 クラウスは心の中で素早く突っ込んだ。
 長年箱入り娘、ならぬ地下室娘だったアンジェリカは、良くも悪くも浮世離れしているところがある。
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