元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「ねぇ、お姉様も、家が破綻だなんて、心穏やかではないでしょう?」

 突然話を振られたアンジェリカは、ビクッと顔を上げ、目を泳がせる。

「……あ……そ、そう、ね……」

 展開が読めないアンジェリカは、言いようのない不安を感じた。
 そしてその嫌な予感は、現実のものとなる。

「でも大丈夫ですわ、馴染みの宝石商から、いい話を聞いたんですの」
「いい、話……?」
「ええ……娼館で働けばいいって」

 アンジェリカはなにを言われたか、わからなかった。
 言葉は聞き取れたが、意味を知らない。

「……ショウ、カン……?」
「あら嫌だ、お姉様ったらご存知ないの? ずっと地下室に住んでいたから、世間知らずなんですのね」

 ミレイユはあきれた顔で言った後、目を三日月型に細め、赤い唇の口角を上げた。

「ならば娼婦と言えばおわかりかしら、身体を売る……とまで、言わせないでいただきたかったわ」

 アンジェリカの頭が白くなる。
 娼婦と言われてわかった。
 以前、アンジェリカが読んだ本に、娼婦が出てきたことがあったからだ。
 そして察する。理解するより先に本能で。
 なぜ今、このタイミングで、自分がここに連れてこられたのか。

「アマンダは既婚の上、年配だ。かといってミレイユを差し出すわけにはいかん。ミレイユほどの美しさがあれば、公爵など上の爵位家から結婚の申し込みが来るかもしれん。となれば……行けるのはお前しかいないのだよ、アンジェリカ」

 ユリウスの言葉に、アンジェリカの僅かな希望は、瞬く間にして消え失せた。
 実の父が娘に身売りをしろと言っている。それもいとも容易く、冷淡に。
 アンジェリカは目の前で起きていることが信じられなかった。
 いや、信じたくなかった。
 まだ男性と口付けしたこともないのに、娼館に行くなんて……。
 アンジェリカは俯いて、ネグリジェの布を両手で握りしめた。

「……な、にか、他の、方法、は……」

 アンジェリカは消え入りそうな声を絞り出した。
 しかし、彼女の訴えが届くはずもなく、機嫌を損ねたユリウスは、こめかみに青筋を立てた。

「なんだ、まさかお前、この私に他の貴族の連中に、頭を下げて金を借りてこいとでも言う気か!?」
「……い、いえ、いえ、そんな、そんな……」

 アンジェリカは真っ青な顔で、ブンブン首を横に振った。

「お姉様が娼館に行ってくだされば、借金は返せるわ、伯爵の娘というだけで相当な値打ちがあるそうよ、見た目がどれほどパッとしなくても……」

 震えるアンジェリカに、ゆっくりと近づくミレイユ。その顔は実に愉快そうだった。
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