元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
 そして一週間後、真っ白な馬が引く車体が、ブリオット家に向かっていた。
 馬車の中、進行方向側の席には現ブリオット公爵……クラウスの父である、サウロスが座っている。

「アンジェリカご令嬢……初めてお会いするな、どんなご婦人だろうか」

 サウロスは独り言のように、窓を見ながら呟いた。
 車内はしんとしており、馬の蹄の音と、タイヤが道に擦れる振動だけが伝わってくる。

「……悪い子ではありませんよ」

 ポツリと呟いたのは、サウロスの向かい側に座ったマリアンヌだった。
 まさか彼女から返事があると思っていなかったサウロスは、少し意外な表情をした。

「それは楽しみだ……お前の長年の想い人でもあるからな」
「会ってみればわかりますよ」

 サウロスの隣に座ったクラウスは、目を合わさずにそう答えた。
 どこか遠くを見つめる彼の目は、愛しい人だけを映していた。
 やがてブリオット家の門が開き、三人を乗せた馬車が敷地内に入る。
 順番に馬車を降りた三人は、庭園を歩き、屋敷に辿り着く。
 豪奢な扉の前には、すでにフリードリッヒが待機していた。
 事前に聞いていた到着時刻に合わせ、迎える準備をしていたのだ。

「おかえりなさいませ、皆様、長旅お疲れになられたでしょう」
「ああ、ただいまフリードリッヒ、留守中、変わりなかったか?」

 サウロスが聞くと、お辞儀をしたフリードリッヒの金の瞳が妖しく光った。

「そうですね変わりは……少し、あったかもしれません」
「……なに?」

 サウロスが怪訝な顔をした時、大きな扉が内側に開いた。
 するとそこには、執事とメイドたちが、左右に分かれてずらりと並んでいる。
 お辞儀をした使用人たちの間にできた道、真紅の絨毯の先端に、一人の女性が立っていた。
 玄関に向けて横向きに立つ使用人たちに対し、アンジェリカは正面を向いていたので、その姿は玄関からよく見えた。
 サウロスを筆頭に、帰宅した三人は絨毯の上を歩いてゆく。
 そして絨毯の最後で待っていた、アンジェリカの前で足を止める。
< 62 / 100 >

この作品をシェア

pagetop