元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「おかえりなさいませ、クラウス様、マリアンヌ様、そして……サウロス様」

 お辞儀をしていたアンジェリカは、ゆっくりと顔を上げてサウロスを見た。

「初めまして、アンジェリカ・ドーリー・フランチェスカでございます」

 アンジェリカはバーミリオンのドレスの裾を広げると、膝を軽く曲げて挨拶をした。
 育ちのよさが伝わる、優雅な立ち振る舞いだった。

「ほう、君が……初めまして、クラウスの父のサウロス・シモンズ・ブリオットだ」

 サウロスは初対面となるアンジェリカを観察するように見た。
 気難しい顔で品定めをするような彼に、ドキドキするアンジェリカだったが。

「これは、ずいぶん麗しの貴婦人だね、まるでトパーズのようだ」

 ふわっと破顔した彼の台詞に、アンジェリカは胸を撫で下ろした。
 対するクラウスは、やや不機嫌な顔つきで父を見た。

「お父様、僕の婚約者を口説かないでください」
「ははっ、すまんすまん、想像以上の美しさについな……ずっとお会いしたいと思っていたのだ」

 そう言ってサウロスは少し背中を丸めると、アンジェリカの耳に口を寄せた。

「なんせ、クラウスが公爵家を継ぐ条件が、君との結婚だったものでね」

 それを聞いたアンジェリカは、トパーズのような目を見開いた。
 そこに映ったサウロスは小さく笑っている。
 短く整った金髪に、薄茶色の円な瞳。背はクラウスより低く、体型はやや丸みを帯びていた。
 クラウスとは全然似ていない。彼の幻想的な美貌は、母親譲りなのだとアンジェリカは確信した。
 アンジェリカが驚いているうちに、マリアンヌは一人で螺旋階段に向かう。

「あのっ、マリアンヌ様!」

 マリアンヌに気づいたアンジェリカが、急いで声をかけた。
 すると彼女はピタリと足を止めたが、まだ振り向きはしない。

「お食事の準備ができているので、ぜひご一緒させてください、お願いいたします」
「……手を洗ってくるわ」

 僅かに顔を傾けて返事をすると、マリアンヌは洗面所に向かった。
 彼女の同意を得たことに一安心すると、アンジェリカはクラウスとサウロスも食堂へ誘《いざな》った。
 すると、長方形のテーブルには、すでにご馳走が並んでいる。 
 こんがりチーズのパングラタンに、温野菜のポトフ、サーモンのクリーム煮など。すべて小分けにされ、各自の席の前に置いてあった。
 サウロスとマリアンヌは両先端の席につき、クラウスとアンジェリカはいつも通り、テーブルの中央辺りに隣り合って座る。
 クラウスがサウロス側、アンジェリカがマリアンヌに近い方の席だ。
 芳醇な香りが漂う中、みんな揃って指を組むように合掌する。
 そして各々に食事を始めた。
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