元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
 静かな食堂で、時折、銀のカトラリーの音がする。
 ガルシアにヴァネッサ、ルカナたちはテーブルのそばで、事の成り行きを見守っていた。
 アンジェリカが特に注目したのは、斜め左側に見えるマリアンヌだ。
 アンジェリカは自分の食事はそっちのけで、マリアンヌの様子を窺っていた。
 マリアンヌはポトフを食べた。
 それからサーモンのクリーム煮に、パングラタンも、少しずつ味見するように口に含んだ。
 手は止まっていないが、表情が変わらないので、良いか悪いか判断がつかない。

「……あ、あの、いかがですか……?」

 美味しいのか不味いのか、気になって仕方なかったアンジェリカは、マリアンヌに問いかけた。
 するとマリアンヌはアンジェリカを一瞥した後、また一口、ポトフのスープを飲んだ。

「……悪くないわ、いつもより優しい味で食べやすい」

 その台詞に内心わっと喜んだのは、アンジェリカだけではなかった。

「実は今夜のお食事は、すべてアンジェリカ様が作られたのです」

 誇らしげにそう言ったのは、シェフであるガルシアだ。
 席に着いたアンジェリカを除く三人は、当然驚き、ガルシアを見た。

「もちろん我々も具材を切ったりなど、大まかな手伝いはしましたが、メニューの発案から、煮たり焼いたり、味付けや盛り付けまで、アンジェリカ様がご自分でされました」
「なっ……!?」
「やめて、クラウス、みんなを叱らないで」

 ガルシアの種明かしに、一瞬動揺したクラウスは立ち上がりそうなったが、アンジェリカに止められた。
 クラウスは複雑な表情で隣に座るアンジェリカを見る。

「私が無理を言って頼んだのよ、どうしてもブリオットの皆様に食事を振る舞いたいと言って……だから、罰は私だけに与えて」

 アンジェリカの真摯な対応に、使用人たちは胸が熱くなった。

「いいえ、私は無理をしたわけではありません、アンジェリカ様の姿勢に心打たれ、自ら指南いたしました」
「あたしくも進んで力をお貸しいたしました」
「ルカナもでございます!」

 ガルシア、ヴァネッサ、ルカナがアンジェリカを護衛するべく主張する。
 極めつけには――。

「……僭越ながら、私も試食という形で協力いたしました」

 フリードリッヒまでもが、手を貸したことを告げた。
 そんな彼らの様子に、クラウスは驚き、そして感心した。
 いつの間にか使用人たちは、アンジェリカの虜になっていた。
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