元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「……あなた、わたくしの不調に気づいていたの?」

 マリアンヌは白いナプキンで、口元を拭いながら聞いた。
 ポトフを入れた丸皿は、すでに空っぽになっている。

「……一緒にお食事をさせていただいている時に、いつも固いものやしつこいものを残されていたので、そうかなと」
「だからこんなに、消化によいものばかり作ったのね」

 マリアンヌの言う通り、アンジェリカは彼女が食べやすい料理を作っていた。
 四十八にもなれば、体調の揺らぎもあるもの、特に女性はホルモンの乱れなどで、食欲不振にもなったりする。
 単に精神的なものではなく、肉体的な変化も関わっているのではないかと、アンジェリカは考えたのだ。
 女性目線で繊細な心配りができなくては、気づかなかったこと。
 そしてアンジェリカの気遣いを察したマリアンヌも、聡明な女性であった。
 ――一族からも冷たくされ、この家でも居場所がないわたくしに、こんな配慮など……本当に、変わった令嬢が来たものね。
 そんなことを思いながら、マリアンヌはクスッと微笑した。

「だけどこれでは、紳士たちは物足りないのではないかしら、あまりにも肉っけがないんだもの」

 鋭い指摘を受けたアンジェリカは、ピンッと背筋を伸ばし、青い顔をした。
 確かに、マリアンヌを気遣うがゆえ、油っぽい肉を完全に避けていた。

「……あ、そ、そうですよね、申し訳――」
「今度はわたくしも一緒に作るわ、彼らのためにスタミナがつく品と、わたくしたち婦人のために、美容によい品を」

 アンジェリカは一瞬、耳を疑った。
 そしてその意図を読み取った時、じわりじわりと喜びが滲み出す。
 マリアンヌの眼差しは、とても優しかった。

「い、一緒に、作ってくださるのですか?」
「わたくしは料理は専門外だから、自信はなくてよ、でも、あなたが教えてくれるのでしょう?」

 アンジェリカはパッと光に満ちた笑顔を見せた。

「は、はいっ! も、もちろんですっ! あ、あの、よろしければ、私に今度、裁縫を教えていただけませんか? ヴァネッサやルカナからマリアンヌ様がお洋服を作られていると聞いて……このドレスもとても素敵で、私もやってみたいと……」

 そう、アンジェリカが今着ているドレスは、昔マリアンヌが仕立てたものなのだ。
 どうりで見覚えがあるはずだと思ったマリアンヌは、ドレスを仕立てていた頃を懐かしく感じた。

「言っておくけど、わたくしは厳しくてよ、それでもよければ」
「本当ですか!? 嬉しいです、私、がんばります!」

 アンジェリカに触発され、自分でも気づかないうちに、とても楽しげに微笑むマリアンヌ。
 そんな彼女を見たヴァネッサが、思わず涙ぐんだ。
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