元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。

5、爵位式で復讐を。

 アンジェリカがブリオット家で、お料理大作戦を成功させていた頃――。
 とある屋敷の一室では、不穏な空気が流れていた。

「素材も悪いし、センスもないし、こんなもの着れないわ、新しいのを持ってきて」

 椅子に座ったミレイユが、手にしていたドレスを無造作に放る。
 そんなことを繰り返しているので、彼女の周りには様々なドレスが散乱していた。

「ですが、ミレイユ様……これ以上ドレスや宝飾品は増やすなと、旦那様から言われておりまして……」
「なぁに、メイドの分際で私に口答えする気?」

 ミレイユの前に立った若いメイドは、青い顔で俯き黙り込んだ。
 アンジェリカがブリオット家に行った数日後、ミレイユはこのアズール男爵家に迎えられた。
 一番低い爵位である男爵家は、当然ミレイユの実家である伯爵家の屋敷より狭い。
 借金があるので仕方なく結婚の話を受けたが、予想以上の待遇の悪さに、ミレイユの不満は積もるばかりだ。
 険悪なムードが漂う部屋に、コツコツと足音が近づいてくる。
 やがてドアを開いたのは、ヨシュア・スコット・アズール……ミレイユの婚約者だった。

「ミレイユ、無駄遣いはやめてくれと、前にも言ったはずだが」

 ミレイユより一回り年上の彼は、鼻の下に髭を蓄えた、黒髪で小太りの男だ。お世辞にもカッコイイとは言えない。
 しかしミレイユは、彼が入ってくるなり、天使の顔つきで駆け寄った。
 そして大きな瞳を潤ませて、彼を見上げた。

「嫌ですわ、無駄遣いだなんて……私はヨシュア様のために、美しくあるよう努力をしているだけですのに」

 ミレイユが訴えると、ヨシュアはだらしない顔をした。
 ――鼻の下伸ばしちゃって……ああ、気持ちが悪い。
 愛らしく微笑みながら、腹の中で毒づくミレイユ。
 当然、ヨシュアに対して愛など微塵もない。
< 67 / 100 >

この作品をシェア

pagetop