元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「もちろん受けてくださいますわよね、お姉様? もし無理だと言うのなら……今すぐ豚の餌にでもして差し上げましょうか?」

 ――プツン。
 まるで火が消えるように、アンジェリカの中でなにかが終わった。
 最初からこの人たちは、私の話を聞くつもりなんてない。
 だからなにを言っても無駄なんだと、すべてをあきらめた。

「…………わかり……ました…………」
「まぁ、ありがとう、お姉様っ、さすがだわ、いざという時は頼りになりますわね」

 悪魔のような表情から一転、天使のような笑顔になったミレイユは、アンジェリカの手を握ってわざとらしく喜んでみせた。

「厄介者でも少し役立つ時が来たんだ、もう少し嬉しそうな顔をしたらどうなんだ」
「まったくだわ、あなたの辛気臭い顔を見ていると、こっちまで暗くなってくるわよ」

 苦々しい顔でアンジェリカを叱咤するユリウスとアマンダ。
 アンジェリカはもう、顔を上げることはなかった。
 三人は言いたいことだけ言うと、アンジェリカを置いてさっさと去っていく。
 通りすがりの使用人さえ、アンジェリカを気遣うことはしない。
 大広間にポツンと残されたアンジェリカは、やがてふらふらと歩き始めた。
 地上に出ることを許されても、アンジェリカの居場所はない。
 部屋もないため、結局、地下室に戻るしかないのだ。
 アンジェリカが地下室に住むようになったきっかけは、ミレイユの一言だった。

『そんなにお一人がお好きなら、お姉様用のお部屋を地下室にでも作って差し上げたらいかがかしら』
 
 当時八歳だったミレイユの、無邪気で残酷な提案だった。
 それを名案だと頷いた両親が、本当に地下室を作り、アンジェリカ専用の部屋とした。
 アンジェリカはなにも、一人でいるのが好きなわけではない。
 両親に疎まれ、妹にバカにされ、客人の前でも笑い者にされる。
 そんな扱いを受ければ、誰だって人前から足が遠のくだろう。
 それをまるで、アンジェリカが好きで一人になったかのように言っている。
 確かに、地下室には鍵がかかっているわけでもなければ、アンジェリカが枷に繋がれているわけでもない。
 しかし、みんなの前に居場所がなかったアンジェリカは、次第に地下室へ向かうようになる。
 そうして気づけば、地下室に籠るようになった。
 心ない者たちからの、見えない手に押し込められ、アンジェリカは軟禁生活を余儀なくされたのだ。
 来た道を戻ったアンジェリカは、地下室のベッド前で崩れ落ちた。
 彼女の瞳から溢れた涙が、ポタリ、ポタリと、冷たい床を濡らした。
 いつか、私にも王子様が――。
 そんな不確かなものに縋っていたアンジェリカは、もはや夢を見ることすら、許されなくなった。
 
「クラウス……私には、王子様は、いなかったみたい――」

 アンジェリカは懐かしい従者の名を呟くと、両手で顔を覆い、震えながら咽び泣いた。
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