元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「あら、失礼」

 すると、通りすがりにぶつかった女性は、余裕の表情で謝罪する。
 華やかな扇子で口元を隠した彼女は、ミレイユを一瞥すると、さっさと歩き出した。
 クラウスとアンジェリカ、どちらの挨拶に対しても、一番最初に拍手を送った人物。
 彼女は会場の前に行くと、そこに立った今日の主役、二人に近づいた。

「初めまして、アンジェリカ」

 落ち着いた気品のある声に、アンジェリカが振り向く。
 そこで目にした人物に、少し驚いて目を丸くした。

「は、初めまして……」

 アンジェリカはとりあえず返事をしたものの、相手が誰だかわからない。
 くっきりとした巻き毛の長い黒髪に、幅広い目尻の上がった猫のような赤い瞳、アメジストのような紫のドレス姿の彼女は、他の人にはないオーラを纏っていた。

「クラウスから話は聞いているわ、なかなかの美人じゃない、わたくしには負けるけれど」
「姉さん、アンジェリカをいじめないでください」

 クラウスの一言で彼女の正体がわかると、アンジェリカはハッとした。

「お、お姉様……!?」
「そうよ、わたくしがジュリアンヌ・シモンズ・ブリオット、改め、ジュリアンヌ・ベガ・シェラザード。去年結婚して、シェラザード公爵夫人になったわ」

 広げた扇子の後ろで、ふふっと艶かしく笑うジュリアンヌ。
 彼女がサウロスとマリアンヌの間にできた、ブリオット家の血を引く、一人娘だった。
 ようやく初対面できたアンジェリカは、急いで頭を下げた。

「ジュリアンヌ様、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません!」
「やめてちょうだい、姉に『様』をつけるだなんて、他人行儀なこと、ジュリーでいいわ」
「ジュ……!? そ、そんな、馴れ馴れしいことはっ」
「問題ないわ、あなたはわたくしの可愛い弟の妻になるのだから、すでに家族も同然でしょう」

 アンジェリカは驚いて、クラウスとジュリアンヌを交互に見た。
 その動作にアンジェリカの思考を読んだジュリアンヌは、あははっと気持ちのいい笑い声を上げた。
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