元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「一体どうやって取り入ったのよ……? 社交界デビューすらしていないお姉様が、どんな手を使って彼を引き寄せたの……?」

 ジリジリとアンジェリカに迫りながら問い詰めるミレイユ。
 その愛らしい顔つきは、アンジェリカへの憎しみに染まっている。
 ミレイユは過去を思い出していた。
 ミレイユが八歳の時、家で気に入りの庭師がいた。若くてハンサムな少年だった。
 しかし、彼の視線はアンジェリカを追っていた。ミレイユは早熟だったため、彼の想いにすぐに気づいた。
 しかし当のアンジェリカはなにもわかっていなかった。
 ミレイユがアンジェリカを閉じ込めようと、地下室を作ろうと言い出したのは、この頃だった。

「ど、どんな手って、私はなにも」
「誰よりも可愛くて美しい私より、地味で暗いお姉様が選ばれるはずがないわ! なにかよほど汚い手でも使ったのでしょう!」

 ミレイユの怒声に、アンジェリカはビクッとして身体を強張らせた。
 この一ヶ月間、アンジェリカは実家のことなどほとんど思い出さなかった。
 しかし、ミレイユを前にすると、辛い過去が一気に蘇る。孤独で冷たい、牢獄のような地下生活に引き戻される。

「そうして勝ち誇った気になって、腹の中で笑っているのでしょう、なんて意地が悪い女なの!」

 ミレイユはアンジェリカの目前で足を止めると、しゃがんで彼女の胸元の布を引っ張り上げる。
 そして、片手を大きく振り上げた。

「やめて!」

 咄嗟に出たアンジェリカの声に、ミレイユの動きが止まった。

「やめた、方がいいわ……私になにかあったら……ミレイユも、お父様お母様も、ひどい目に遭うかもしれない」

 クラウスの覚悟を知っているアンジェリカは、自分を傷つければ、ミレイユたちに罰が下ると考えた。
 むしろ彼女たちの身を案じて言ったのだ。
 それを聞いたミレイユは、アンジェリカをぶつために上げた手を、ゆっくりと下ろした。
 そして顔を伏せると、身体をカタカタと震わせた。

「……なにそれ……自分は守られてるって言いたいわけ? 私には公爵様がついてるって脅し? はぁぁ……? 自惚れるのも大概にしなさいよっ……!」

 怒りに満ちたミレイユは、再び声を荒げ、アンジェリカに手を上げた。
 ――ぶたれる……!
 そう悟り、アンジェリカがギュッと目を閉じた時、いくつかの足音と話し声が聞こえてきた。
 誰かがお手洗いに来たのだと気づいたミレイユは、掴んでいたアンジェリカの胸元を離した。
 途端、床に崩れ落ちるアンジェリカを、ふんぞり返って見下すミレイユ。

「これで終わると思わないで、絶対あんただけ幸せになんてさせないから……!」

 エメラルドのような瞳を鋭く尖らせ、アンジェリカに捨て台詞を放ったミレイユは、その場を去った。
< 78 / 100 >

この作品をシェア

pagetop