元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
 それから二週間ほど経ったある日、再びアンジェリカは執事に呼ばれ、上の階に上がった。
 案内されたのは三階建ての最上階、角にあたる広く煌びやかな部屋。
 しかし今のアンジェリカの目には、どんな豪華な飾りも色を失くして見えた。
 ここはミレイユの部屋。血を分けた姉妹だというのに、信じられないほどの格差だった。
 部屋に入るなりメイドに着替えさせられたアンジェリカは、次にドレッサーの椅子に座らされた。
 そして化粧を施し始めたのは、専用の使用人ではなく、この部屋の主だった。
 アンジェリカはただ黙って、ミレイユに好きにされている。
 しばらくして手を止めたミレイユは、丸めていた背筋を伸ばすと、少し離れてアンジェリカの全容を見た。

「あら、とても素敵になりましたわよ、お姉様……」

 途中で言葉を切ったミレイユは、ぷっ、くくっと、堪えられないといった様子で笑い始めた。
 
「よくお似合いですわ、いかにも下品な娼婦といった感じで」

 アンジェリカがゆっくりと横を見ると、ドレッサーの鏡に映った姿が明らかになる。
 濃いピンクのドレスに、真っ赤な口紅とチーク、紫のアイシャドウ。口紅は唇からはみ出しており、チークもアイシャドウも妙に濃い。ミレイユがわざと無茶苦茶な化粧をしたのだ、アンジェリカを笑い者にするために。
 そして実際、この部屋にいたメイドは、みんなクスクスと笑っていた。
 無表情のアンジェリカだけが、切り離された世界にいるようだった。

「これで準備は万全だわ、がんばってくださいませね、お姉様……殿方の機嫌を取って、たくさん腰を振るのですわよ、あぁ、穢らわしい、私にはとってもできませんわぁ」

 アンジェリカの瞳が揺れ、ドレスに置いた両手が震える。
 その反応に気をよくしたミレイユは、さらに追撃を加える。

「ああ、そうだわ、お姉様には言っておかないと、実は私……アズール男爵家の当主と結婚が決まったんですの」

 アンジェリカの目が、少しずつ大きく開かれてゆく。

「以前お会いした時から私のことが忘れられなかったそうで、彼がどうしてもというものだから……男爵は伯爵よりも下の爵位になるけれど、娼館に嫁ぐよりもずっといいものね」

 ふふふ、と勝ち誇った笑みを浮かべるミレイユを、アンジェリカは座ったまま見上げていた。
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