元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「本当に良い子ね、アンジー、わたくしが男なら、クラウスより先に結婚を申し込んでいたわよ」
「ゴホンッ!」

 わかりやすく咳払いをして注意を引いたのは、バトラーであるフリードリッヒだ。
 クラウスからアンジェリカのことを頼まれている彼は、身内であるジュリアンヌにも目を光らせている。

「……お姉様とはいえ、いささか距離が近すぎるかと。後、アンジェリカ様にあまり危ない遊びを教えるなと、クラウス様より常日頃から仰せつかっておりますので」
「そんなことを言っていたらキリがないでしょう? 今やアンジーは貴族界の人気者なのだから、これからもっと交友関係が増えて、行動範囲も広がるはずよ」

 ジュリアンヌはアンジェリカの傍らに立ち、ねえ、と言いたげに微笑みかけた。
 彼女の言う通り、爵位式以来、アンジェリカへの誘いはひっきりなしだ。
 アンジェリカから声をかけた、リビドー家やフィンセント家を始め、そこから他の貴族にも話が広がりつつある。
 アンジェリカ様は、公爵夫人らしからぬ腰の低さで、穏やかでお優しい方だと。
 今、ローテーブルに出しているクッキーは、リビドー家でもらったオレンジを使っている。
 大広間に飾られた花は、フィンセント家からの贈り物。
 他にも香水や雑貨、新鮮な野菜まで、どんどん贈答品が増えている。
 貴族界において社交は重要な役割を果たす、特に妻である夫人たちには、高いコミュニケーション能力が求められる。
 アンジェリカはずっと、人同士の繋がりに憧れていた。だからいろんな人と関わり、個人の趣味や特徴を覚えるのが楽しい。
 その上、誰にでも分け隔てなく接することができる彼女は、すでに公爵家の夫人に相応しいスキルを持っていた。
 
「誰かに会うたびに、挙式を楽しみにしていますと言われるわ、きっと当日は多くの参列者で賑わうでしょうね」

 そう話すマリアンヌは、少し誇らしげだ。
 塞ぎ込むのをやめて、最近では社交の場に顔を出すようになった。

「シェラザード家からも盛大にお祝いするわよ、なにか足りないものがあれば遠慮なく言いなさい」
「ふふ、ありがとうございます」

 頼もしいジュリアンヌにアンジェリカが小さく笑った時、大広間の入り口に、一人の人物が現れた。
 メイド服を着た小柄な彼女は、アンジェリカの姿を見つけると、小走りに近づいた。
 
「ルカナ? どうしたの?」

 アンジェリカの侍女であるルカナは、少し不安げな表情をしていた。
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