元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「あの……アンジェリカ様に、客人がお見えで……妹の、ミレイユだと名乗る方が――」

 大広間の空気に、緊張が走った。
 今ここにいるのは五人、アンジェリカ、マリアンヌ、ジュリアンヌ、フリードリッヒ、そしてルカナだ。
 つまり、ルカナ以外は全員、アンジェリカの境遇や、ここに至るまでの経緯を、クラウスから聞いて知っている。
 ルカナはその異様な雰囲気を察した。
 アンジェリカが肉親のことや、自分の過去について触れたがらないので、実家となにかあったのではないかと考えていたが、やはりそうなのだと確信を得た。
 僅かな緊張の中、最初に動いたのはフリードリッヒだった。
 彼はモノクルの位置を指先で調整すると、アンジェリカに向き直った。

「私がクラウス様にお伝えした後、客人を迎え入れます。フランチェスカ家の方がお見えになったら、通すようにと、クラウス様からご指示をいただいておりましたので」

 アンジェリカはやや視線を下げると、膝に置いた手に少し力を入れた。

「クラウス様は逃げも隠れもいたしません、堂々と対話されることでしょう。そしてアンジェリカ様に、その場に立ち会ってほしいとお考えのはずです……後はあなた様次第でございます、お覚悟ができましたら、書斎にてお進みください」

 フリードリッヒはお辞儀をすると、踵を返して大広間を後にした。

「……アンジー、大丈夫? わたくしも一緒に行きましょうか?」

 考え込むアンジェリカに、ジュリアンヌが声をかけた。
 顔を上げたアンジェリカは、優しげなルビーの瞳と出会う。

「なんならわたくしが、そのまま討ち取って差し上げてもよくてよ」

 ふふん、と勝ち気な笑みを浮かべるジュリアンヌ。
 女将軍のような風格のある彼女が言うと、冗談に聞こえない。
 ジュリアンヌの言葉に緊張が解れたアンジェリカは、決心してすっと立ち上がった。

「……ありがとう、ジュリー、でも私は大丈夫です、だって、もう一人ではないもの」

 アンジェリカは周りに心配をかけないよう、気丈に微笑んで一歩を踏み出す。
 ルカナに付き添われ大広間を出ると、螺旋階段を上った。
 そして三階にある書斎の前で立ち止まると、立派なドアをノックした。

「アンジェリカです」

 名を告げるとすぐに、ドアが内側に開く。
 そこに立っていたのは、フリードリッヒだった。
 彼はアンジェリカを中に招き入れると、会釈をして部屋を出る。
 そして、廊下にいたルカナの横に立ち、再びドアを閉めた。
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