元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「アンジェリカ、よく来てくれましたね」

 アンジェリカが振り返ると、正面の机越しに立つクラウスと目が合った。
 シアン色の上着とベストに、白いズボンを合わせた、爽やかな装いだ。
 クラウスはアンジェリカを見ると、すぐに微笑んで近づいてきた。
 そして机から向かって左の壁際にある、革張りのソファーを手のひらで示した。

「どうぞ、そちらに座ってください」

 クラウスに案内され、アンジェリカはワインレッドのソファーに腰を下ろす。
 すると、クラウスも同時に、アンジェリカの隣に腰掛けた。

「……怖いですか?」

 クラウスはやや伏せ目がちなアンジェリカに問いかけた。
 一体、ミレイユはなにをしに来たのか。
 その理由はまだわからないが、少なくともアンジェリカにとってよい知らせではないだろう。
 しかしアンジェリカは、意外と落ち着いている自分に少し驚いていた。

「……少し緊張はしているわ、でもね、不思議と怖くはない、きっと、クラウスが一緒だからね」

 クラウスを見つめ返し、控えめに微笑むアンジェリカ。
 クラウスはそんな彼女の膝に置いた手を、両手でそっと包み込んだ。

「あなたが頼りにしてくれると、本当に嬉しいです」
「だけど、少しクラウスに寄りかかりすぎな気もするわ」
「なにを言うんです、僕はあなたのために生まれてきたんですから、あなたが僕を必要としなければ、存在する意味がありません」

 いつも、どんな時も、クラウスはアンジェリカが欲しい言葉をくれる。
 一点の曇りもない真っ直ぐな瞳で、アンジェリカに応えるのだ。
 もうすぐミレイユが来るというのに、アンジェリカはそのことさえ忘れそうになった。
 クラウスと再会してしばらく……アンジェリカの心は、確実に彼に近づいていた。
 唯一の理解者であり、友人であった彼に対する想いは、柔らかく溶けて新たな形に変化しつつあったのだ。

「……クラウス、私――」

 ――コンコン。
 アンジェリカがアクアマリンの瞳に吸い込まれそうになった時、ドアをノックする音が響いた。

「クラウス様、お客様をお連れしました」

 廊下からフリードリッヒの声が聞こえると、クラウスは立ち上がり、机の椅子側に移動した。
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