元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
 確かに、ミレイユは見目麗しい。生まれた時から天使のようで、そんな妹を、アンジェリカも自慢に思っていた時期があった。
 大人になり、正面から妹を見たアンジェリカは、改めて彼女の美貌を思い知っていた。
 だから仕方ないと思った。
 自分に現れなかった王子様が、妹には現れても。

「……お……おめでとう、ミレイユ」

 アンジェリカは自身の感情を押し殺し、精一杯の笑顔を作って声を絞り出した。
 妹の幸せを祝うのは、姉として当然のことだと思ったからだ。
 しかし、ミレイユは喜ばなかった。
 それどころか、先ほどまでの笑みを消し、手を上げたのだ。
 ――バシッ!
 瞬間、アンジェリカは身体のバランスを崩し、椅子から床に落ちた。
 なにが起きたかわからなかったアンジェリカだったが、左頬の鈍い痛みに、ミレイユにぶたれたのだと気づいた。

「なにがおめでとうよ、あんたのそういういい子ぶったところが、私は昔から大っ嫌いなのよ! いいこと、娼館に行っても私たちのことは一切話さないで、妹がいるだなんて、間違っても言わないでよ!」

 ミレイユの怒声は廊下にも響き渡った。
 それにつられるようにドアが開くと、ユリウスとアマンダが中に入ってきた。
 ちょうどそばまで来ていて、会話の内容が聞こえたようだ。
 
「そうだな、娼婦の身内がいるなどと知れたら、社交界から追放されてしまうかもしれん」
「あなたがうちの借金を払い終えたら、いずれ縁切りいたしましょうね、それがフランチェスカ家のためなのだから」

 さらに追い討ちをかけられたアンジェリカは、床に蹲ったまま、ぶたれた左頬に手をあて涙ぐむ。
 
「軽くぶっただけで大袈裟なこと、そんなもの冷やせばすぐに治るわ」
「化粧が崩れたようね、早く整えてやりなさい、迎えの馬車が来る前にね」
「そうだな、こんな地味な顔、厚化粧でもしなければ売り物にならん」

 アマンダに指示されたメイドは、頭を下げて行動に移る。
 メイドに無理やり立たされたアンジェリカは、再び椅子に座らされ、すべての化粧を落とされた。
 そして一人のメイドが、頬を冷やす氷を持ってこようと、ドアに向かった時だった。
 カッカッカッ……と、忙しなく近づいてくる足音が聞こえる。
 それがミレイユの部屋に着くなり、勢いよくドアが開かれた。
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