元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
 その夜、アンジェリカとクラウスは、寝室のベッドに隣り合って座っていた。
 暖色の間接照明に照らされたベッドで、二人の姿が滲むように浮かび上がる。
 アンジェリカがブリオット家に来たての頃、料理の許可を得るためクラウスを呼び、そのまま一緒に寝た。
 しかし、その後は、別々の私室で寝ていたので、二人でベッドにいるのは久しぶりだった。
 以前と同じように、アンジェリカは純白のネグリジェに身を包み、クラウスはゆったりとした白いシャツと黒のズボン姿でいる。
 違うのは、ここはアンジェリカの部屋ではなく、クラウスの部屋だということ。
 赤が基調のアンジェリカの私室に対し、クラウスの私室は銀が基調で、シックな雰囲気にまとまっている。
 アンジェリカがブリオット家に来て約二ヶ月、クラウスの部屋に入ることはあっても、ベッドに上がるのは初めてだった。
 毎日、クラウスが眠っている場所にいると思うと、アンジェリカはそれだけでドキドキした。

「そういえば、クラウス……最初に私の部屋で寝たきり、ちっとも一緒に寝てくれなかったわよね?」

 ふと、アンジェリカは、以前から思っていたことを言った。
 すると、膝がつきそうなほど近くにいるクラウスが、あきれたように息をついた。

「……当たり前でしょう、愛する女性が隣で寝ているのに、なにもできないなんて拷問ですから、堪えた僕の理性を称賛してほしいですよ」
「そ、そういう、ものなのね、気づかなくてごめんなさい」

 アンジェリカは男性の身体に詳しくないため、クラウスに言われて辛いということを初めて知った。
 そして、なにがどう苦しいのだろうと、いろいろ妄想しながら、申し訳なさそうに謝った。

「そういうあなたこそ、ここのところずいぶんそっけなくて、てっきり嫌われたのかと、ヒヤヒヤしていましたが」
「えっ? そっけない? 私が?」

 クラウスはかなり気にしていたことを言ったが、当のアンジェリカはキョトンとしている。
 アンジェリカはわざとツンデレ対応をしていたわけではないので、一瞬、なんのことかわからなかった。

「……無自覚だから困るんです、あなたは」

 やれやれ、といったふうに額に手をあてるクラウスに、アンジェリカは最近の自身の言動を振り返ってみる。
 すると、思い当たる節がどんどん出てきて、だんだんクラウスに罪悪感が湧いてきた。

「あ、そ、そうね、確かに……考えてみれば、クラウスを、男性として好きかもしれないと感じてから、意識して不自然な態度を取ってしまっていたかも……」

 眉を下げて申し訳なさそうにするアンジェリカだが、クラウスはもう、そんなことはどうでもよくなる。

『クラウスを男性として好き』

 アンジェリカからそんな台詞が聞けただけで、クラウスは本気で生きていてよかったと思った。
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