元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
「……でも、もう大丈夫ですよね?」

 クラウスはアンジェリカの頬に手を添え、熱い眼差しを送る。
 するとアンジェリカも、熱っぽい瞳で応えた。

「そうね、認めたら楽になったというか……クラウスを好きな自分が、すごく好きというか、なんだか不思議な感じ……」
「僕も、あなたが好きです、アンジェリカ」
「私も……あなたが好きよ、クラウス」

 吸い寄せられるように二人が近づき、唇が重なり合う。
 その温もりと柔らかな感触に、ついに理性が崩壊したクラウスが、アンジェリカをベッドに押し倒した。
 食い尽くすような激しい口づけを、アンジェリカは息を乱しながらも受け止める。
 息継ぎの合間に、クラウスはうわごとのように、アンジェリカの名を呼んだ。

「もっと言って、僕のアン」
「す、好きよ、クラウス」
「もっと、もっとだよ、愛してる、愛してると言って、僕のアンジェリカ」
「愛してるわ、クラウス、あなただけを――」

 ふと、間近で目が合った刹那、アンジェリカはクラウスの目尻に浮かぶものを見つけた。
 暖色の光を受けて煌めく、涙の粒。
 それが彼の深い想いを表しているようで、アンジェリカはキュウッと胸が締めつけられた。

「……夢を見ているようだ、ずっと、ずっと、焦がれていた……手に入れたくて仕方なかったあなたが、今、僕の腕の中にいるなんて――」

 美しいアクアマリンを見つめながら、アンジェリカはクラウスの頬を両手で包んだ。

「夢ではないわ……クラウスの年数には敵わないけれど、私だって想いの強さは、負けないつもりだから」

 感激のあまり秀麗な顔をクシャッとするクラウスと、そんな彼を優しく迎え入れるアンジェリカ。
 今までの渇きを埋めるように、アンジェリカを求めるクラウスは、愛を乞う美しい獣のようだった。

 翌朝、カーテンの隙間から射し込む光に、クラウスは目を覚ます。
 そして、すぐ目の前にいる彼女を見て、幸福な現実に浸った。
 朝日を浴びたアンジェリカの髪が、夕陽のように煌めいている。
 結局、婚礼の直前に、抱いてしまった。
 しかし、あんなに愛らしくされては、不可抗力だろう。
 クラウスは困ったように微笑みながら、自分に言い訳をしつつ、アンジェリカの髪を撫でる。
 すると、アンジェリカから「ん……」と小さな吐息が漏れた。
 そして、ゆっくりと長いまつ毛が持ち上がる。
 
「おはよう、僕のアン、今日も愛してるよ」
「……私もです、旦那様」

 愛おしい人の姿に気づくと、アンジェリカは世界中の幸せを独り占めしたような顔で笑った。
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