年下男子を好きになったら 〜戸惑い女史とうっかり王子の、なかなか始まらない恋のお話〜
さて、そんなこんなで独り立ちして数日が経ち。
ベランダのトマトは黄色い花をちらりほらりと咲かせては萎み、後に残ったガクの中央には小さな小さな青い粒が見えはじめる。
生育状況としてはまずまずな出だしの一方で、私の職場内での働きと言えば、田島さんや田中君から毎度絶妙なフォローを頂きながら業務をこなす、何ともパッとしない状況が続いていた。

――

「この荷物、書庫に戻しておいてくれる?俺これから打ち合わせに入るから持っていけなくって」

本日の業務中「悪いけど、よろしく!」と、すれ違いざまに指示された荷物は部屋の隅に置いてある手に抱えるくらい大きさの段ボール箱3つ分。
まあまあ大きめの荷物を目の前に、どうしたら一度に持っていけるかと思案していると、通りかかった田中君から声を掛けられた。

「小西さん、それ、手伝いますか?」
「え?あ、いやあ、一人で持てるから大丈夫……かな?」

試しに1つ持ってみればそれ程重くもなさそうなので3箱重ねて一度に持ってみると、前方の視界が完全に遮られてしまう。あら、これは……やっぱり一人で持つには無理があるかしら??
ちらりと横の田中君に視線を向ければ、「ほらね?無理でしょ?」と言わんばかりの表情。

うーん。
持てる持てないの押し問答をするよりも、ここは1つ作業効率も考えて、ありがたく手を借りる事にするとしようか。

「……ごめん、やっぱり手伝ってもらっていいかな?」

申し訳ないので「帰りにコーヒー奢るね」と付け加えると、「じゃあご馳走してもらう分、きっちり働かないといけないですね!」と田中君は二箱ひょいと持ち上げる。

「では、用事はサッサと終わらせてコーヒータイムといきましょう!」

そう言うと、ニッコリ明るい笑顔をこちらに向けてスタスタ軽快に私の先を歩いていくのだった。

「ところでこの荷物、山下が書庫から持ってきてた資料だと思うんですけど、なんで小西さんが運んでるんですか?」
「あ、それは、さっきすれ違いざまに指示されたから……」

そう答えると田中君は不快そうな声を上げる。

「あいつ、自分が持ってきた資料の片付けもしないで、こんな大きい荷物を小西さんに押し付けるなんて!」
「まあ、そういうのも営業事務の仕事なんだろうから……」

最後まで言い切る前に田中君の驚いた様な声に遮られる。

「えっ違いますよ!営業事務は営業のサポートではありますけど、何でもかんでも面倒みることはないんですから。全くあいつ……小西さんが優しいからって甘えやがって!」

大体あいつ入社2年目のくせに生意気なんだよ!と、私の代わりにプリプリ怒る田中君をまあまあと宥めながら書庫に荷物を下ろすと、コーヒーはどんな物が好きなのかと当たり障りのない話をしながら休憩室へと足を向ける。
田中君は本当は甘党だけれど、仕事中はブラック派とのこと。
「甘いのを飲んでるとリラックスし過ぎて眠くなっちゃって」とモジモジきまり悪げに告白をする。
快活そうなその顔に浮かぶ恥ずかしげな表情は、なんとなく母性をくすぐられる。

うっわ。かわいいなあ。
弟がいたらこんな感じなのかしら?と、思わず頭を撫でてあげたくなる衝動を堪えつつ休憩室までやってくると、その手前の給湯室からドリップコーヒーの香りとゲラゲラ笑う男性達の声が聞こえてきた。
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