年下男子を好きになったら 〜戸惑い女史とうっかり王子の、なかなか始まらない恋のお話〜
「お前打ち合せとか言って、小西さんにあの荷物押し付けてんの?マジで鬼畜!!」
「だって若い女子じゃねえんだもん、そっち方面が期待できない分こき使ってやんねえと、給料分の元が取れねえだろ?」
「元が取れないとかって、ヒデェ言い草。でも気持ちはわかるわぁ」

どうやら声の主は、先程打ち合わせだと言っていた山下君と、その仲間らしい。……なんだ、打ち合わせ、じゃなかったのか。
急に力が抜けてしまった気がするところに彼らの言葉を聞いているのは辛すぎる。まるで強盗か何かみたいに無遠慮に私の心に踏み入って、奥底に閉じ込めておいたはずの感情を容赦なく引きずり出してしまう。

――私だって、好きで配属になった訳じゃないのに。
でも、決まったからには頑張っていこうと思ってたのに。
なのに、なんでこんな理不尽なことを言われなくちゃならないの?
なんで、嘘をつかれてまで仕事(雑用)を押し付けられなくちゃならないの?
こんな気持ちになりたくなんて、なかったのに。

ギュッっと唇を噛み締める。
だから給湯室の前を通ったりするのは、なんとなく苦手なのだ。度々こういった、(誰か)を傷つけるような遠慮の無い会話が聞こえてくるから。
不躾に心を揺さぶる言葉を浴びせられてしまえば、思い出したくない過去の記憶……入社したての新人だったあの頃の苦い記憶までも蘇ってきてしまう。


『あの大人しそうで夢見てるみたいにトロンとした顔に、みんな騙されすぎだって!こっちがちょっとキツ目に指導するとアイツすぐ涙目になってさあ。おかげでこっちばっかり悪者になっちゃっていやんなるわ!!ほんと、とんだ貧乏クジ引かされたわ〜。』


それは偶然、給湯室の前を通りかかった時に聞こえてきた、当時の総務課の先輩の声だった。
不甲斐ない自分に思わず涙してしまいながらも、こんな自分を一人前にしてくれようと頑張っている先輩に報いたいと努力していたつもりだったけれど、彼女は本心ではこんな風に思っていたのか、と衝撃を受けた当時の事は忘れたくても忘れられない。

――けれど、過去にそんな事が繰り返されるうち、私も色々学ぶこともできたのだ。
例えば……言われた事を気に病んでグチグチ泣き寝入りするくらいなら、正面から戦ったほうがいっそ精神衛生上はマシであるという事を。

「あいつら……!仕事もしないで好き勝手言いやがって!!」

殴り込もうとせんばかりの田中君をそっと制する。

「ありがと。でも、大丈夫」

自分でやるから。
そう言うと口角を思いっきり上げて背筋をピンと伸ばして息を吸い込んだ。

「さあて田中君!コーヒー入れてあげるから、ちょっと休憩しようか!」

不自然なくらいの大声で、思いっきりドアを勢いよく開けてやる。
突然話し掛けられて目を丸くする田中君を横目にそのまま中に入ると会話をしていた三人は、驚いたようにこちらを見る。
そして話が聞かれていなかったのだろうかと言わんばかりに気まずそうな顔をした。

私は私で、中でされていた会話など聞こえていない素振りをすると彼らの顔を見て奇遇ですね、とニッコリと笑って声を掛けた。

「あっ、山下君。荷物は田中君と書庫に戻しておきましたんで!それと鈴木君、指示されたコピー机に上げておきましたよ。佐藤君の修正入力した書類はメール送信しておきましたんで、確認お願いしますね?」

そしてネームプレートと顔を交互にみながら確認する様に各々に伝えてやると、彼らはいよいよ気まずそうな顔をして「どうもありがとう」と言いながら、蜘蛛の子を散らすように給湯室から出て行くのだった。

残ったのは田中くんと私の二人きり。

「えっと、じゃ田中君……約束通りコーヒー奢るから休憩室に行こうか?」

さっきはああ言ったけど、ほんとはドリップコーヒーは手持ちがないから自販機のコーヒーでいいかな?
妙に気まずい私は田中君の返事も聞かずにスタスタ休憩室まで小走りで移動する。

「な、なんか、ごめんね。変なところに付き合わせちゃって」

居た堪れずにベラベラ話を続けながら自販機の投入口に小銭を差し込もうとする。
けれど今更ながらに感情が昂ったせいか、ガチャガチャと手が震えて中々うまく入らない。

チャリ、チャリーン……

とうとう落ちてしまった100円玉を拾おうと手を伸ばすと、咄嗟に差し出してくれた田中君の手とぶつかった。
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