年下男子を好きになったら 〜戸惑い女史とうっかり王子の、なかなか始まらない恋のお話〜
リンゴーンと始業のベルが鳴れば本日の業務の始まり。書類を見ながらキーボードをカタカタ操作させるものの、気になるのはやはり隣の席で電話応対している田中君だった。
夢だと分かっているものの、あの目、あの唇は私だけを求めて、私の虜になっていたのだと思うとなんとなく体はカアッと熱くなり、思わずモジモジ身をよじってみてしまう。

あれは夢、夢なのだ。夢なんだから!
実際の田中君とは別物なのだから!

そうは思っても、その声が耳に届く度、ペンを持つ筋ばった大きな手が視界に入る度、妙にリアルだった夢の世界を思い起こしてしまう。
今まで知らなかった新しい世界を知った時の、田中君の驚きながらも未知の快楽に流されていくあの様を。そしてそれを目の当たりした、私の言葉にできない喜びと興奮を。

そんな訳で、その後も何回か田中君とは話をする機会はあったのだけれど、私はその度にやっぱりソワソワ挙動不審になってしまうのだった。

――

気持ちの切り替えってなかなか出来ないわね、とモヤモヤしながら迎えた休憩時間。
コーヒーでも買おうかと休憩室の自販機に向かう道中、田中君に声を掛けられた。

「小西さん、ちょっといいですか?」
「……えっと、何かな?」

相変わらず1人勝手に気まずい私は、田中君の目をきちんと見れずにいる。すると田中君は、「小西さん。俺、何か小西さんに嫌なことしましたか?」と真剣な眼差しで聞いてくるのだった。

「なんか今日、小西さん変じゃないですか?いつもみたいにこっち見て笑ってくれないし……。俺、もしかして何かしちゃいました?」

折角隣の席になったのだからもっとちゃんと仲良くなりたいのだと、勇気・友情・勝利の文字が背中に浮かび上がらんばかりの勢いで、少年漫画の主人公の様に熱く語りかけてくる。

「俺に悪いところがあったら言ってください。俺、直すんで!……だから、これまで通りちゃんと俺のこと、見てもらえませんか?」

田中君の放つ台詞は、捉えようによっては愛の告白のようではないか。
なんだなんだこの熱い展開は。

思わずトクンとときめいてしまうが、彼を避けている理由が「夢で童貞を奪ってしまったから」だなんて、口が裂けても言える訳がない。

「えっとね、あの、実は田中君の夢を週末見ちゃって……そのせいでなんだか妙に気まずくて」
「はあ?そんなことで?」
「だからね、田中君は悪くないの。変な態度取ってごめんね」

仕方が無いのでほんの少々の嘘を絡めて謝罪する。

「……ふーん。でもまあ、夢の中まで俺が登場しちゃったっていうことは、俺達相当な仲良しってことですよね?」

どこか納得いかなそうながらも、田中君は満更でもない顔をする。

「でも、どんな夢を見てたら気まずくなっちゃうのかなあ?」

顔を覗き込みながら不思議そうに聞いてくるが、夢の内容なんて言えっこない。

「そ、それは言えない!!」

いよいよ私は真っ赤になって猛ダッシュで田中君を振り切ると、行き先の予定変更とばかりに女子トイレへと駆け込むのだった。
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