年下男子を好きになったら 〜戸惑い女史とうっかり王子の、なかなか始まらない恋のお話〜

『気になるT君』

「あ、しまった。今日の飴がないや」

机の上の空の小瓶を手に取った田中君は、うっかりしてたなあと呟いた。すっかり習慣づいていた『褒めて育てる作戦』こと田中君からの飴のご褒美は、どうやら今日は無いらしい。

「じゃ、別なご褒美でももらえるのかな?」
「うーん……。だったら、今度一緒にご飯でも食べに行きましょうか?お高いものでなければ奢りますよ」

つい軽口を言ってみると、田中君は小首を傾げて少し考えてから、耳元でこそっと内緒話するように囁いて、こちらにいたずらっぽい笑顔を見せてくる。

「あら本当?それじゃあ楽しみにしてるね」

私もつられて微笑むと、間もなく15時の時刻を示す壁の時計に目を走らせた。

「さて……と。ちょっとコーヒー買いに行ってこようかな」

勢いよく席を立つと早足でフロアを横切り、扉を閉めて廊下へと出るが――途端にガクリと足の力が抜けてしまう。

「はぁぁ〜」

思わずその場に座り込むと、頭を抱えて大きく息を吐く。
時間差で田中君の発言がジワジワ胸に効いてくる。

なんなの今の?
なんなの、あのかわいい発言!!

もう何度も田中君を抱く夢を見ている邪な私には、田中君のちょっとした仕草、発言すらも誘惑の言葉に聞こえてしまって仕方がない。
ご飯を一緒に食べに行ってしまった日にはその後「デザートは田中君だね♡」とか言って、いつかの夢みたいに欲望の赴くままに襲わないでいられる自信が全く無い。危険危険。大変危険である。
童貞ゆえの無邪気というやつなのだろうか。
無意識にこちらの理性を試してくるとはなんて田中君は罪深き男なのだろう。

一旦頭を冷やしてからでないと、仕事ができる気が全くしない。壁に手をつきながらよたよた歩いていると、背後から「小西さん、昼間っから田中となんかイイ雰囲気出してんじゃないですかあ?」なんて声が聞こえてくる。

振り返ってみると視界に入ったのは、財布を片手にニヤニヤしている高橋君。

こりゃ良いタイミング。

先程の田中君の可愛らしさをどうしても誰かに共感してもらいたい私は、腕をグイグイ引っ張ると、そのまま彼を休憩室へと連れ込んだ。

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