年下男子を好きになったら 〜戸惑い女史とうっかり王子の、なかなか始まらない恋のお話〜
――適任?
適任って??
私が???

……いやーいやいや、そんな口当たりの良い言葉に騙されないって!
当然ながら総務と営業では業務が全く異なるので、詳しい内情など知ることはない。知っていることと言えば給与処理等の関係上「どんなことをする部署に誰が在籍しているのか」程度。
なんなら使用している社内システムだって微妙に違うので、即戦力だとかいう評価は全くのお門違いというものだ。
それに「円滑なサポート」?
古参だと円滑なサポートが出来るって根拠は、一体どこからきたのだろう。謎理論にもほどがある。

「まあ、色々思うところはあるだろうけれど、特に営業1課は会社の中でも稼ぎ頭だし花形部署だから、これは異例の栄転、大抜擢だよ!新しい仕事にこれからは今以上に忙しくなるとは思うけども、小西さんなら頑張ってくれるとは思っているからね」

脳内で大暴れする私を知ってか知らずか、課長は吹き出す汗をハンカチで拭いながら私への賛辞を取ってつけた様子で矢継ぎばやに語りかける。
けれどどんなに説明をされても、やっぱりそんな人事になった経緯を理解出来そうにない。

「もう、決まったことなんですか?」
「ほぼほぼ決まったことなんだよねぇ」
「不服申立ては、できないんですか?」
「申立てしても、多分決行されちゃうねぇ」

総務課長を恨みがましく見つめてみても「本当に申し訳ない!」の一点張り。

「小西さんが抜けるのは痛手になるから、こちらとしてもかなり抵抗したんだけどね。力及ばずこういう結果になってしまって……」

会議でのやり取りを思い出したのか、そう言いながら一瞬心底悔しそうな顔をする。
人の良さそうな課長が滅多に見せないその様子。そこから察すれば、この人事の裏側では色々円満に解決しきれない、すったもんだがあったということなのだろう。
抵抗しても無駄だと悟ってしまえばなんだか急に体の力が抜けて、代わりに無性に悔しい気持ちが込み上げてくる。


『勤続10年の実績なんて、大したことはない』


会社側から、そんな見解を叩きつけられたような気がしてならない。
こちらでは、それなりに課に貢献できていたと自負していたけれど、実際のところ社内的にはそんなものは評価に値しないものだった、ってことなのだろう。

酷くプライドは傷つけられるし、例えようのない激しい感情も胸の中で激しく渦を巻いている。
出来ることなら「不服である!」と大声を上げて抗議して、この話をなかったことにしてやりたい。
けれどそうは思うものの、女32歳。独身一人暮らし。
こっちだって生活がかかっている。

「……わかりました。今までお世話になりました。」

決定事項が覆るわけでもないのならば、抗ったところで無駄だろう。会社組織とはそういうものなのだ。
私はくしゃくしゃに顔が歪みそうになるのを堪えながら、課長に力なく了承する返事をするのだった。
 

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