年下男子を好きになったら 〜戸惑い女史とうっかり王子の、なかなか始まらない恋のお話〜

新天地は苦くて甘い

そしていよいよ配属日。

「よ、いしょっと!」

最後の荷物をキャビネットに入れていると後ろから声をかけられた。

「小西さん、何かまだ運ぶものはあるのかな?」
「あ、いえこれで終わりなんです」

扉を締めて振り向くと、眼の前に広がる人の影。

「う…っわ!」
「ごめん!驚かせちゃったかな?」

慌てた様子でパッと離れたのは、新しい上司の戸川課長。
「そんなにびっくりするのは思わなくて」と言いながら、仕事ができる司令塔と評判の精悍な顔立ちをパッと破顔させた。

「色々と訳ありな人事に巻きこんでしまって申し訳なかったね。けど、小西さんが配属になるって聞いて楽しみにしてたんだよ」
「あはは……私で務まるか不安なところはあるんですが、精一杯務めさせていただきますので」

苦笑いする私に、歓迎の意を示すような柔らかい眼差しが向けられる。

「なーに、すぐ慣れるから大丈夫だって。俺の方こそこの春課長になったばかりだからさ。まだまだ試行錯誤中だから、何かあったらいつでも言ってきてね」

楽しみにしていただなんて、ただの社交辞令だろう。けれどやっぱりそんな言葉をかけられたなら、嬉しい気持ちがじわじわと込み上げてくる。
顔の筋肉がふにゃりと柔らかくなるの感じていると、戸川課長はパンパンと皆の注目を引くように手を打った。

「今日から営業に新しい仲間が増えたからな!」

そうフロアに響く大きな声で呼びかけると、自己紹介を促す視線をこちらに寄越すので、咄嗟に身を正して礼をした。

「総務課から異動になりました、小西と申します」

パチパチと歓迎の意を示す拍手を聞きながら顔を上げると、目に飛び込んできたのは新しい同僚達の笑顔と温かい視線……と、そのところどころ混じる、面白くなさそうな人の顔。

……あーあ。やっぱり(・・・・)ね。

先程までの高揚感はあっと言う間に消え失せて、後に残るは萎えてしまった気持ちばかり。

「……これからどうそ宜しくお願い致します」

絞り出すような声で挨拶を終えると、私は密かにため息をついた。

――

実は部内結婚率が異常に高い営業部には、とある噂があった。

『営業部の女性は男性社員のお嫁さん候補の為、若くて可愛らしい娘が配属される』

営業部の影の福利厚生とも揶揄されているその噂は、要するに日々忙しく出会いも少ない男性社員の為に、出会いのきっかけになるようにと会社は敢えて見目麗しい若い女性ばかりを配属させているのではないか?というものだった。

そもそも社内規定で同じ部内で結婚したならば、どちらか一方がは異動となることが定められている。
けれど営業部の場合、それは圧倒的に女性側であることが多く、また寿退社の人数も他部署に比べて群を抜いていた。
営業部の女性社員の在籍期間の平均は3〜4年。かなり短いサイクルで人員の補充が行われている。
そして席を去った若い美人の次の席に座るのは、これまた新卒で入った中でも容姿の整っていると評判のカワイコちゃん。
そんなことが何度も行われていたならば、今どき時代錯誤なばかばかしいそんな噂にも信憑性が増してくるってものだろう。

今回イレギュラーともいえる人事異動で3課に異動になった人材もまた、社内で美人と評判の若い女性。けれどそんな若い美人の後にやってきたのは32歳の、この私。

……うん、自分で言うのも何だけど、どう考えても「女」としてのスペックは、前回よりもガタ落ちしてるよね!!!

自分でもわかってはいたつもりだったけれど、こうもあからさまに突き刺すような視線を浴びせられれば、こちらとしても不貞腐れたくもなってくる。

あーごめん。異動してきたのが私でごめん。
でもね、私も好きでここにいるわけじゃないし!
君らは私を望んでないだろうけど、こっちだってこんな人事は望んでないし!
みんな納得いかない出来事なんだから、ここは1つお互い様ってことで仲良くやっていきましょうよ!!

本当に、こんな誰も幸せにならない人事を発案したのは一体どこの誰だというのやら。
考えれば考えるほどに悲しくなってくるけれど、残念ながら業務時間は始まったばかり。
生産性のない愚痴はここまでと、瞼を閉じてギュっと歯を食いしばる。
そして再び目を開けると引き継ぎのレクチャーを受けるべく、私は気持ち新たに教育係の元へと足を向けるのだった。
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