年下男子を好きになったら 〜戸惑い女史とうっかり王子の、なかなか始まらない恋のお話〜
――

「ただいま――っと」

疲れを吐き出すかのように大きく独り言を言いながら、私は帰宅後の身支度もそこそこにコンビニで買った缶ビールをエコバッグから取り出した。
滅多にビールなんて飲まないけれど、今日は飲まなきゃやってやれない。プシュッと勢いよくプルタブを引くと、そのまま一気に煽ってやった。

「はあぁぁ」

アルコールが身体に染み渡るのを感じながら、今日の出来事を振り返る。
思った以上に営業の仕事いうものは、総務の仕事と勝手が違っていた。
初日から上手くいくわけがないとはいうけれど、顧客ごとの対応の仕方も様々で、たった一日では脳内処理が追いつかない。

「みんな本当によくやってるよね……」

田島さんをはじめとした営業事務の皆を思い浮かべながら、私は再びビールを喉に流し込んだ。

――

「さて、と。今日はどのくらい成長したかな〜?」

程よく酔いも廻ったところで、携帯を手に持ち私はベランダへと続く窓を静かに開けた。
カーテン越しの控え目な光に照らされているのは足元の白いプランターに植えられた植物の苗。

小さな小さなこの家庭菜園は、惰性で日々を過ごしていたら、あっと言う間に30歳になってしまったその誕生日に、なにか新しく趣味を見つけてみようと思ったのがきっかけで始めたものだった。
初心者でも簡単!と謳われたミニトマトの苗から始まったこの菜園も3年目。今年は少し冒険をして、ミニトマトよりも生育が難しいとされている中玉トマトに手を出してみた。
果たしてうまく育つのか。これは新しい環境で働くことになったことへの願掛けの意味合いでもあった。

「私も会社で頑張るからさ。君も、ちゃんと大きな実がつくといいよねえ」

分岐した茎の先端の、あちこちに出来た小さな花芽が目に留まる。私はその中でも明日にも咲きそうな花の蕾にそっと指を添えると写真を一枚パシャリと撮った。

「……よし!うまく撮れた、かな?」

ベランダから戻ると早速携帯のSNSアプリを立ち上げる。家庭菜園の写真とちょっとした文章をアップするこの作業は、一日の終わりに行う最近の日課となっていた。

社員規則より本来ならばSNSは原則禁止、見つかれば賞罰対象という厳しい処分が課せられることになっている。
けれどその裏では、業務に関して呟かなければOKでしょ?とばかりに、結局殆どの社員が隠れてSNSを使用している様子のなんとも緩い我が社の実態。
かくいう私も「トマト夫人」なんて世界の偉人からニュアンスを拝借して、ベタな名前を登録しているのだった。

そうだ。ついでに今日は転属して初めての日だし、この件についても呟いておくか。匿名性をフルに活かしてストレス発散してしまえ!酔いの勢いもあいまって画面を力強くタップする。

『配属先は若くてピチピチのイケメン揃い。でも希望したのはオマエじゃない、なんで若くてカワイイ女子じゃないんだ!と非難する視線を感じまくって、ホント辛い。』

配属先の営業1課は、平均年齢29歳と若手が多く所属している。そして営業という会社を支える花形部署の名を表す様に、なぜかイケメンが多く在籍し、大変華やかで活気に溢れている。
……そんな中配属された、1人平均年齢を上げる32歳のド新人。
居心地は、決して良いとは言えないよねぇ。

挨拶時の反応共々営業1課のことを思い返せば、ストレス解消どころか気持ちはまたドンヨリと曇ってくる。

「頑張る……頑張るけど……。けど、ずっとこの調子なら……なんか会社にもう、行きたくないよなぁ」

本日の心理的ダメージは自分が想定していたよりも中々に大きかった様子。
私は思わずポツリと弱音を呟いてしまうのだった。
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