年下男子を好きになったら 〜戸惑い女史とうっかり王子の、なかなか始まらない恋のお話〜
間違ってたのにイイ線いってたとはどういうことか。
おかしな顔をしていたのに気がついたのか、田中君は私に近づきコソっと声を潜めて内緒話をするように体を近づけた。

「だって俺なんて、新人の頃初めて電話受けた時、超自信たっぷりにフロアに響く声で『ハナザワ産業の花沢さん』って伝えちゃって、みんなから一斉にサザエさんかよ!!ってツッコまれてますからね?電話先の関さんなんて、跡形もない名前になってましたからね?」

それよりは大分イイ線いってましたって!!と、田中君は大真面目な顔で説明する。
――自信満々、元気よく大きな声で言い間違う新人君と、それを一斉に突っ込むフロアの面々。
そんな様子を想像すれば、思わずブハッと吹き出してしまう。

「……良かった、笑ってくれて」
「え?」
「小西さん、緊張してたみたいだったから」

田中君は安心したように、ほうっと息を一つつくと、力こぶを作る真似をする。

「移動したばかりで色々大変だとは思いますけど……みんな多かれ少なかれ失敗しながら最初は始まっていくもんですから!あんまり悩まないで、ガンガン当って砕けていきましょう!俺もできる限り微力ながらフォローしますんで!!」
「毎回砕けちゃうのはちょっと困るけど……。うん、どうもありがとう」

『当たって砕けてもなんとかなるから大丈夫!』

周りがフォローするのだから新入社員はなんでもチャレンジして、失敗しながら学んでいこう!だなんて研修の時に自分もよく使っていたその言葉。まさかまわりまわって自分に返って来る日がくるとはなあ。
なんだか面白くなっていると、目を柔らかく細めた田中君がふわりと微笑んだ。

「それに……しかめ面してるより今みたいに笑っていたほうが、小西さんは素敵ですよ?」

そんな彼から飛び出してきたのは、少女漫画顔負けのとんでもない殺し文句。

「え!……えっと。それはどうもありがとう???」

とっさに返事はしてみるものの、言われ慣れないその言葉に胸が不覚にもドギマギして、視線がぐるぐる宙を彷徨ってしまう。

全くもう。人を惑わす百戦錬磨練磨の手練のようなその台詞、どんな顔して言うのやら。こっそり様子を伺ってみると、視界に入ったのは頬を真っ赤に染めて口元を押さえた姿だった。
……あれ。もしかして、田中君も言い慣れてなんか、いない??

「……あの、俺、無意識だったんですけど、今かなりキザな台詞言っちゃいましたよね?」

恥ずかしそうに呟くそんな表情を見せられてしまっては、いよいよこちらもどうしていいのかわからなくなってしまう。

「よ、よおし!それでは仕事頑張りましょうね!」

妙に気恥ずかしい思いに駆り立てられながら、私は気持ちを切り替えて必死に業務に集中しようと試みるのだった。

――

その後も、チクチクとした嫌な視線を感じることもあるものの、今の所課内ヒエラルキーの最下層である私には、雑用業務の声が次々とかかってくる。
色々と忙しいものだと痛感していると、またしても「小西さーん」と声がかかる。

はいきた!なんの御用ですか?と振り向いてみれば、相変わらず精悍な顔に輝くような微笑みを携えた課長からの「修正テープ欲しいんだけど、どこにあるかな?」なんて質問。

うぇぇ。
文房具がどこに保管されてるかなんて、引継ぎをしたような、してないような。助けを求めてちらりと目を向けてみるも、残念ながら田島さんは電話応対中。

と、いうか、他の人に聞けばいいのになんでそれを配属2日目の私に聞こうとするのかなあ。胸中では憎まれ口を叩いてみるが、折角頼られたのだからきちんと応対はしたいと思いなおす。

文房具、文房具の在り処……知ったかぶって、適当なキャビネットをあちこち探るも、お目当ての品は出てこない。やっぱりダメだと「すみません……」と他の人に当たってもらおうとしたその時。

「かちょお〜。文房具類は向こうのキャビネットの3番目だって前から言われてるじゃないですかあ」

そんな声が聞こえてきた。

「小西さんは、やっと業務のレクチャー終わって今日から始動なんですから、お手柔らかにして下さいよ」

冗談交じりに私のフォローを咄嗟にしてくれたのは、またもや田中君だった。

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