めがねの奥の彼は

再会

 〇四月、緑が丘高等学校入学式ーーーさくらが満開に咲き乱れ、花弁がひらひら散っている。入学式の看板が立てかけられた校門。体育館では入学式が行われ代表者が挨拶をしている。

 「あたたかい日差しに包まれ、春の美しい花も咲き始めた今日この頃、私たち153名は無事、緑が丘高等学校の入学式を迎えることができました。本日は私たち新入生のためにこのような素晴らしいーーーーーーー伝統ある緑が丘高等学校で学業に邁進(まいしん)することを誓い、新入生代表挨拶とさせていただきます。令和〇年四月七日 新入生代表 蓮見(はすみ)蒼大(そうた)

代表挨拶を終えて何食わぬ顔で自席へ戻る蒼大(そうた)

「特待生らしいよ」
「入試でトップだったんだろ?」
「っぽいよね~いかにも勉強できそうな感じだし」

ヒソヒソと自身へ向けられる値踏みするような言葉、それを遮るように静かに目を伏せた。





 〇回想ーーー真白(ましろ)モノローグ(小学校二年生の時、ある男子生徒から突然いじめられるようになった。その子は、わたしの靴やお気に入りのキーホルダーを隠したり、掃除用具入れに閉じ込めたり、髪の毛を引っ張ったり。わたしが泣くまでそれを続けていた)
2年生の真白が泣きながら逃げている。同じ2年生の男子(顔はぼやけている)に追いかけられたり、髪を引っ張られたり、掃除用具入れに閉じ込められたりしている。

真白(ましろ)モノローグ(どうしてわたしがいじめられるのかわからなかった。わからないから余計に怖くて学校に通えなくなった)
2年生の真白が膝を抱えてうずくまっている。

真白(ましろ)モノローグ(その子はいつの間にか転校して、わたしは学校に行けるようになったけど、人が怖くなった。二度といじめられないように人の顔色を(うかが)って、目立たないようにおとなしくしていた)
コソコソと噂話をしている数人の黒い人影に怯える真白。

真白(ましろ)モノローグ(そのうち自分の気持ちが言えなくなって、人と関わるのがしんどくなった。何年経っても治ることはなくて、心に傷を抱えたまま)
中学時代(セーラー服)の真白、愛想笑いをしながら友達の話にうんうんと頷いている。





 〇入学式から一週間後ーーー1年1組の教室では穏やかな空気が流れていた。女子は既に少人数のグループで固まっており、男子は談笑していたり寝ている子や本を読んでいる子など、始業前の貴重な時間を自由に過ごしている。窓際の一番後ろの席ーー所謂(いわゆる)主人公席に座るのは、雛月(ひなづき)真白(ましろ)(前髪重めのセミロング、制服はリボンにブレザー、スカートの丈はちょうど膝上)先ほどからクラスメイトの様子をチラチラうかがっている。
真白(ましろ)(どうしよう…もうグループできちゃってる。話しかけにくいな…)

真白(ましろ)(新しく始まる高校生活が不安すぎて、睡眠不足からの風邪をこじらせて一週間欠席。もちろん入学式も出れなかった)
風邪をひいて熱にうなされている真白。

真白(ましろ)(完全に出遅れちゃってる!このままじゃぼっちになっちゃうよ!)
半泣きで汗ダラダラな真白。

真白(ましろ)(とりあえず一人でいる人に話しかけてみる?)
寝ていたり音楽を聞いていたり本を読んでいたり、話しかければ応えてくれそうだが真白(ましろ)の性格が邪魔をする。

真白(ましろ)(今話しかけたら邪魔だよね…うん、もう少し後にしよ)
ふぅと小さくため息をつくと隣の席の男子(サラサラ黒髪の猫目で黒縁メガネ、制服はネクタイにブレザー)と目が合ってしまった。反射的にぎこちない笑みを浮かべると男子は驚いたように少し目を見開く。

隣のクラスの男子「蓮見(はすみ)ー?」
蒼大(そうた)「なに?」
教室の入り口から隣のクラスの男子に呼び出されて行ってしまった。

真白(ましろ)(ううわ、変な人だと思われたかな。急に知らない人から笑いかけられたらびっくりするよね…失敗した)
心中で一人反省会をしながら行ってしまった彼の机の上を見ると、教科書や参考書が広げられていた。

真白(ましろ)(めっちゃ勉強してる!?入学してまだ一週間なのに高校の勉強ってそんなに難しいの!?)
真白(ましろ)蓮見(はすみ) 蒼大(そうた)…?」
ノートに書いてある名前を独り言のように呟いた。

真白(ましろ)蓮見(はすみ)くん…」




 〇翌日、職員室ーーー昨日受けた小テストの結果が散々だった真白(ましろ)は、担任教師の黒岩(恰幅のいい中年男性)に呼び出され説教されていた。

黒岩先生「一週間欠席してたいとはいえ、最初からこれじゃすぐに置いて行かれるぞ。特進クラスなんだからもっと自覚をもって云々…」
真白(ましろ)(やばい、登校二日目で呼び出されて説教されてる!平穏な高校生活をおくるつもりだったのに…お願いだから悪目立ちしませんように!)
眉が下がりしゅんとしている真白。

黒岩先生「雛月(ひなづき)、聞いてるのか?」
真白(ましろ)「は、はい。みんなに追いつけるようがんばります」
黒岩先生「追いつくだけじゃだめなんだよ。追い越すつもりで必死にがんばらないと云々」
真白(ましろ)「…がんばります」
担任教師の長い説教に目を伏せて耐えている真白。そこへ、蒼大が担任に提出物を持ってきた。

蒼大(そうた)「黒岩先生、家庭調査票持ってきました。遅くなってすみません…ぁ、お取込み中…?」
二人の様子を見ながら、邪魔にならないように一歩後ずさる蒼大。

黒岩先生「おぉ、蓮見(はすみ)!ちょうどいいところに来たな。雛月(ひなづき)に勉強おしえてやってくれ」
真白(ましろ)(え?)
急なことに戸惑う真白。

黒岩先生「補習してあげたいんだが新学期始まったばかりで手が回らなくてな」
真白(ましろ)(それはさすがに迷惑なのでは?!)「だ、大丈夫です。一人でできますから…」
両手と首をふるふる振って断る真白だが、教師は無視して話をつづける。

黒岩先生「特待生の蓮見(はすみ)になら安心して任せられるんだが、どうだ?」
真白の方をちらっと見てから担任教師に視線を戻す。

蒼大(そうた)「わかりました」
黒岩先生「引き受けてくれるか!ありがとうな。よかったな雛月(ひなづき)
真白(ましろ)「ぁ…はい…」
困り顔で笑う真白。




 〇職員室から廊下に出てきた蒼大と真白。教室に向かって並んで歩きだす。

真白(ましろ)「あの、蓮見(はすみ)くん?大丈夫ですから…勉強一人でできるので…」
人見知りのため目を合わせられず、目を伏せたまま小声でボソボソと話しかける真白。

蒼大(そうた)「うん、毎日おしえるのは無理だけど、できるだけ時間作るようにするから」
真白(ましろ)「?」(あれ?この人わたしの話聞いてた?断ったはずなんだけど…)
疑問符を浮かべる真白。

蒼大(そうた)「数学?英語?」
真白(ましろ)「数学と、できれば化学も…」(わたしが挙動不審なせいで話通じてないのかな?)
戸惑いながら質問に答える真白。

蒼大(そうた)「よかった、それならなんとかなるかも」
真白(ましろ)「英語は苦手なんですか?」
蒼大(そうた)「苦手、文系科目は自信ない」
苦笑いする蒼大を見て少し親近感が湧く真白。

真白(ましろ)「特待生でも苦手なものがあるんですね…」
蒼大(そうた)「そりゃあるでしょ。特待生とか関係ないから」
ボソボソと独り言のように呟く真白に、少し声のトーンを上げてつっこむ蒼大。

蒼大の声量が少し大きくなったので驚いて慌てて謝る真白。
真白(ましろ)「あ、すみません。めちゃくちゃ失礼なこと言って…特待生も人間ですもんね」
蒼大(そうた)「みつを…?」※相田みつをさん

真白(ましろ)「え?…あぁ!」
”みつを”と聞かれて意味が分からず疑問符を浮かべていたがすぐに自分の発言と結び付けて意味を理解する真白。

蒼大(そうた)「好きなの?」
真白(ましろ)「いえっ!全く!全然好きとかではなくて!」
蒼大(そうた)「そんな必死に否定しなくても」
真白(ましろ)「あ、ですよね…失礼ですよね」
蒼大(そうた)「雛月さんってなんか…」
真白(ましろ)「なんですか…」
蒼大(そうた)「いや、ごめん。なんでもない」
真白(ましろ)「なんでもないって笑ってるじゃないですか…」
蒼大(そうた)「うん、ごめん…ちょ、こっち見ないで」
真白(ましろ)「……」(なにこの人)
笑いのツボに入ったらしく、顔を背けて笑う蒼大と渋い顔で蒼大を見る真白。





 〇放課後の教室ーーー蒼大に数学を教えてもらっている真白。蒼大は真白の席の前の席に座って向かい合わせになっている。

蒼大(そうた)「指数法則は中学でやったことを一つづつ確認していけばいいからまずーーーで、こっちの因数分解はたすき掛けをするんだけどーーー」
蒼大の説明を聞きながら問題を解いていく真白。

真白(ましろ)「…解けた。どうですか?」
自信がなさそうにノートを見せる真白。

蒼大(そうた)「できてる。ここはもう大丈夫だな。で、次がーーー」
真白(ましろ)(え?もう次にいくの?進むの早いんですけど)
答えをチェックしてうんうんと頷く蒼大と焦り顔の真白。

授業ペースに焦りつつも集中しているといつの間にか一時間経過。
ぐったりと疲れた様子で机に突っ伏す真白。いそいそと帰り支度をする蒼大。
蒼大(そうた)「雛月さん飲み込み早いね」
真白(ましろ)「蓮見くんの教え方が上手なんです。わたしは付いていくのに必死で…」
蒼大(そうた)「明日は化学ね。じゃあ、また」

慌てて机から顔を起こし席を立つ真白。
真白(ましろ)「あ、ありがとうございました」

わざわざ席を立ってお礼を言う真白を微笑ましく見て手を振る蒼大。
蒼大(そうた)「バイバイ」

急いで帰ってしまった蒼大。蒼大が出て行った教室の入り口を見つめる真白。

真白(ましろ)「ばいばい…」
はにかんだ笑顔で小さく手を振る真白。





 〇その後、蒼大による補習は一週間続き通常授業に追いつくことができた真白。小テストでも合格点を取れるようになった。


 〇休み時間の教室ーーー

真白(ましろ)蓮見(はすみ)くん、蓮見(はすみ)くん。見てください」
小声で蒼大を呼び、80点の数学の小テストをそっと見せる。

蒼大(そうた)(なんで小声?)「お~!すごいじゃん。頑張ってたもんな」
蒼大に褒められてにやにやしてしまう真白だが、蒼大の手には100点の答案が。

真白(ましろ)「ひゃ、ひゃくてん…」
驚いて目が点になってしまう真白。慌てて机の中に答案をしまう蒼大。

真白(ましろ)「やっぱり次元が違うんですね…わたしはあんなに一生懸命勉強してやっと80点なのに蓮見(はすみ)くんは100点取れちゃうんですね…ブツブツボソボソ」
蒼大(そうた)雛月(ひなづき)さんが落ち込むことじゃないから。100点取れたのは雛月(ひなづき)さんのおかげなんだよ」
蒼大(そうた)「人に勉強教えるのって理解してなきゃできないでしょ?雛月さんに教えることで俺の復習にもなってたんだよ」
いじけてうつむいてしまう真白に慌ててフォローを入れる蒼大。

真白(ましろ)(人格者!!!蓮見くんに後光がさして見える!!!)
眩しそうに目を細めて手をかざす真白を、不思議そうにみる蒼大。

真白(ましろ)「あの、ありがとうございました。蓮見(はすみ)くんのおかげで授業もわかるようになったし小テストでも点数取れるようになったし、本当に感謝しています。それで、なにかお礼がしたいのですが…」
少し頬を赤らめて恥ずかしそうにお礼を言う真白。

蒼大(そうた)「……ねぇ、雛月(ひなづき)さん」
先程よりも低く落ち着いた声で名前を呼ばれ、少し驚いてまっすぐに蒼大を見る真白。

蒼大(そうた)「俺のこと覚えてない?」
蒼大(そうた)矢吹(やぶき)蒼大(そうた)、って言ったらわかるかな」
おもむろにメガネを外す蒼大。

どくん、と心臓が大きく脈打つ。
いじめられていた時の記憶が次々に蘇り、全身に冷や汗が浮かぶ。
やけにのどが渇いて、声を出すことができない。

驚いて目を見開く真白。

真白(ましろ)矢吹(やぶき)蒼大(そうた)、忘れたくても忘れられない男の子の名前…)
いじわるく笑っている2年生の蒼大の顔が浮かぶ。

真白(ましろ)蓮見(はすみ)くんが、矢吹(やぶき)蒼大(そうた)…なんで?ウソでしょ??信じられない…だって目の前にいる蓮見(はすみ)くんは優しくて穏やかで勉強を教えてくれて……)

目の前の、メガネを外した蒼大の顔から目が離せない真白。

混乱して固まってしまった真白に、申し訳なさそうに目を伏せる蒼大。







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