めがねの奥の彼は
オリエンテーション合宿 後編
宿所内、医務室ーーー擦りむいた膝を、引率の養護教諭松原先生に手当してもらった真白。
松原先生「これで大丈夫。お風呂の時に染みるかもしれないね」
モブ男子「失礼します。松原先生、ちょっと来てもらえますか?」
松原先生「はいはーい」
男子生徒に呼ばれて医務室を出て行った松原先生。
あかね「失礼しまーす。雛月さん?」
入れ違いであかねとすみれが入ってきた。あかねの手にはトレーにのった今夜の夕食が。
あかね「バイキングだったんだけどさ、なにが好きかわかんなかったから適当に取ってきた」
トレーには肉団子やパスタ、サラダにフルーツなど皿にたくさんの種類の食べ物がのっている。コンソメスープもあり、おいしそうな匂いが医務室内に充満し、おもわずぐぅ~と腹が鳴る真白。
あかね「ちょうどよかった!」
すみれ「たくさん食べてね」
真白「ありがとう…ございます」
腹の音にケラケラ笑う二人。恥ずかしそうにしながらも嬉しそうな真白。
あかね「そういえば蓮見くん、さっきめっちゃ落ち込んでたんだけど」
すみれ「負のオーラ纏ってたよ」
あかね「話しかけづらかったよね」
すみれ「ご飯もあんまり食べてなかったみたいだし」
真白「そうなんですね…蓮見くんが…」
少し心配そうにする真白。
宿所内、誰も居なくなった食堂ーーー食器を返却しに来た真白。奥の方で食器を片付ける音がする。
真白「すみません、食器をーー」
カウンターから奥へ声をかける真白。奥から食堂のおばちゃんが顔を出す。
食堂のおばちゃん「あ~そこに置いておいて」
真白「あ、ご飯おいしかったです。ごちそうさまでした」
食堂のおばちゃん「お粗末様でした。あ、そうだ!これ持って行って」
「食後のデザートね」と差しだされたのは2個の大福。
真白「え?あ?…いいんですか?」
食堂のおばちゃん「他の子には内緒ね」
真白「ありがとうございます」
宿所内、廊下ーーー大福を手にほくほくと嬉しそうな真白。
真白(今日は大変な一日だったけど、良いこともあるんだな~。2個あるから、片桐さん(あかね)と藤堂さん(すみれ)にあげよう)
女子部屋に入ろうとしたその時、廊下の突き当りの椅子に誰かが座っているのがみえた。どよーんと重たい空気を纏っている。
真白(もしかして、蓮見くん?)
恐る恐る近寄ってみると、蒼大がぼんやりとスマホ画面をみつめていた。真白の存在には気づいていない。声をかけようとしたが以前同じようなことがあったのを思い出し、蒼大が気づくまで気配を消して待つことにした。
5分後ーーー真白(あれ?なかなか気づかないな~わたし気配消すのうまいからな~)
10分後ーー真白(そろそろ気づいてもいいんじゃない?蓮見くんずっとスマホみてるけどなにみてるの?)
真白「暗所恐怖症・閉所恐怖症の心理的要因ーーー」
突然耳元で真白の声がして、驚いてスマホを落としてしまう蒼大。
蒼大「びっっくりしたー…」
真白「10分くらい前からいるのに全然気づかないんですもん…」
すねる真白に「ごめんごめん」と苦笑する蒼大。ぐぅ~と腹が鳴り、蒼大が腹をさすりながら苦笑する。手にある大福と蒼大を交互に見て(片桐さん藤堂さん、ごめんなさい)と心中で謝る真白。
真白「食べますか?」
大福を目にした蒼大はじゅるりと唾を飲みこむ。
蒼大「食べま…せん」
真白「そうですか」
ぐぅ~~~、と先程より大きく腹が鳴り、にっこりと笑みを浮かべて蒼大の手に大福を握らせる真白。
女子部屋から数人の女子が話をしながら出てきた。”他の子には内緒ね”というおばちゃんの言葉を思い出して、「こっち、こっち行きましょ」と蒼大の手を引いて階段を上がる真白。つながれた手をみて少し照れてしまう蒼大。
宿所内、階段の踊り場ーーー二人端の方にちょこんと座りもぐもぐと大福を食べている。大福を食べ終えた真白は蒼大の方を向き、頭を下げる。
真白「さっきは助けていただいて、ありがとうございました。気が動転してちゃんとお礼が言えてなかったので…あの、重かったですよね…ごめんなさい」
神社へ向かう山道でうずくまっている真白を発見した蒼大。真白は少しパニックになっており、泣き止むまで背中をさすってなだめていた。落ち着いた頃、立ちあがろうとした真白だが、足に力が入らずに立てなかったため、蒼大が真白を背中におぶり宿所まで帰ってきた。
蒼大「謝らないで。悪いのは俺だから」
蒼大「雛月さんがパニックになったの、俺のせいだから…」
真白「…?どうして、蓮見くんのせいなんですか?」
ぎゅっと拳を握り下を向いている蒼大と困惑している真白。
蒼大「俺が雛月さんを…掃除用具入れに閉じ込めたから」
過去の記憶が呼び起こされる。小学2年生の時、蒼大に無理やり掃除用具入れに入れられた。ドンドン叩いても扉は開かない。扉が開かないように机をストッパーにされていたから。中から大声で何度も叫んだ。何度叫んでも誰も来てくれなかった。10分間くらいの出来事だったが、小学2年生の子どもの真白の体感では1時間くらい。
真白「その時のこと、何度も夢にみました…暗いところや狭いところは苦手だし、お化け屋敷は絶対に無理です。完全にトラウマです。…矢吹蒼大のことはめちゃくちゃ恨んでます。」
真剣な面持ちで淡々と話をする真白。
真白「でも、蓮見くん…蓮見蒼大くんにはすごく感謝してます。たくさん、たくさんたくさん助けてもらいました」
下を向いている蒼大をまっすぐにみつめる真白。
真白「夢の中でね、真っ暗な掃除用具入れから助けてくれた人がいるんです。顔はみえなかったけど、あれは蓮見くんだった。だって今日、同じようなシチュエーションで助けにきてくれました。少女マンガだったら恋がはじまるやつです」
下を向いていた蒼大が顔を上げて真白の方をみる。真白は恥ずかしそうに視線をそらした。
蒼大「…はじまったんですか、恋」
蒼大からのまっすぐに注がれる視線にいたたまれなくなり、顔をそむける真白。
真白「…は、はじまりません!矢吹蒼大のことはめちゃくちゃ恨んでますから!」
蒼大「…ですよね」
ははは、と乾いた笑いを浮かべる蒼大。
真白「や、矢吹蒼大のことは恨んでますけど、蓮見くんのことは…き、きらいじゃないです」
驚いて目を見開いた後、安心したようにやんわりとほほ笑む蒼大。
蒼大「…そっか」
校長先生「お話し中すみません、そろそろ通ってもよろしいですか?」
階段の上から校長先生(引率で合宿に来ている)が気まずそうに顔をだす。
真白「こ、こうちょうせんせい?!」
校長先生「立ち聞きするつもりはなかったんですが…」
階段を降りながら苦笑する校長先生。
校長先生「若いっていいですね…」
ふふっと微笑ましそうに笑い2人の横を通り過ぎて階段を降りていく校長先生。
真白(校長先生に聞かれてたなんて…やばい、恥ずかしすぎる)
真っ赤になった顔を両手で覆いジタバタと足を動かしている真白。
蒼大(また変な動きしてる)
真白「付き合ってるようにみえたんでしょうか?」
蒼大「そうかもね。若狭(青磁)にも聞かれたよ、付き合ってんのって」
真白「あ、わたしも、クラスの子に聞かれました」
蒼大「ありえないよね。俺と雛月さんが付き合うなんて…」
一瞬、ちくっと胸が痛くなる真白。
真白「そ、そうですね…ありえないですよね」
しばらく無言の間が続き、いたたまれなくなった真白は突然スクっと立ち上がる。
真白「じゃあ、そろそろ戻りますね。お、おやすみなさい…」
下を向いて階段をおりていく真白。
蒼大「あ、うん、おやすみ…」
階段をおりていく真白の後ろ姿をみおくったあと、ため息をつく蒼大。
翌日の朝、宿所のグラウンドーーー生徒たちが帽子をかぶりリュックを背負ってグラウンドに集合している。
青磁「初心者コース、中級者コース、上級者コース、どれにする?」
青磁が山の散策用マップを広げて班員にたずねる。
あかね「せっかくだから上級者コースにしない?」
青磁「え?!上級者コース?!”ちょ~だる~い”とか言いそうなお前が?!」
あかね「はぁ?!わたし山登りめっちゃ得意だから!」
青磁「山登りに得意とか不得意とかあんのかよ」
蒼大「はいはい、痴話げんかはよそでやってください。ウチの班は初心者コース一択です」
あかね「なんで?!」
蒼大がふいっと視線を送る、その先にいるのは真白。
真白「え?…わたしなら大丈夫です。昨日ケガしたところも、もう痛くないし」
ぶんぶん腕を振り回して大丈夫だとアピールする真白。
蒼大「ケガしたの足でしょ」
無駄に腕を振り回していることに気づいてスンッと腕を下す。
すみれ「途中で痛くなるかもしれないし、今回は初心者コースにしよ」
あかね「そういうことなら仕方ない」
真白「すみません…」
あかね「それにしても、蓮見くんって雛月さんに甘いよね~」
すみれ「甘いっていうか過保護?」
青磁「ぶはっ!過保護!確かに!」
千草「お母さんみたいだよね」
蒼大「お母さんって…」
みんなに背を向けて肩を震わせている真白。
あかね「雛月さん?」
すみれ「ケガが痛むの?」
真白「…おかっ、おかあさん…蓮見くんが…過保護で…」
ブツブツ独り言を言う真白を怪訝にみる班員たち。
真白「…あっははは!…ごめ、なさい…おかしくって…」
腹を抱えて笑う真白。
千草「雛月さんが…」
すみれ「笑ってる…」
青磁「初めてみたかも」
あかね「めっちゃかわいいじゃん!ね、蓮見くん?」
顔をほころばせて笑う真白に見惚れてしまう蒼大。
千草(これって…)
すみれ(あれじゃない?)
青磁(人が恋に落ちる瞬間をみてしまった、ってやつ?)
あかね(やばっ!)
共感性羞恥でいたたまれなくなる男子とにやにやしてしまう女子。
真白「はぁ~…久しぶりに笑った」
蒼大「笑いすぎ…」
真白「すみません」
蒼大「いくよ」
真白「あっ待ってください!」
先に行ってしまった蒼大を追いかける真白。
真白たちは山の中をゆっくりと散策し、途中昼食のおにぎりを食べて下山。宿所に帰ってくるとすぐに帰る準備をして、お世話になった人に挨拶をしてバスに乗り込んだ。
帰りのバスの中ーーー周りの生徒はみんな寝ており真白もうつらうつらと眠りかけていた。ガクンッとバスが揺れて意識を取り戻した真白。ふと隣(通路をはさんで右側)をみると、蒼大がぼんやりとスマホをみていた。耳にはイヤホンがついている。ボーッと蒼大をみる真白。その視線に気づいた蒼大はスマホから顔を上げて真白の方をみる。
蒼大「眠れないの?」
真白「さっきまで寝てたんですが、目が覚めちゃって…」
真白「なに聞いてるんですか?」
蒼大「聞く?」
ほら、とイヤホンを片方手渡され、それを耳につける真白。イヤホンからは洋楽が聞こえてきた。ゆったりとしたアコースティック・バラードだ。
真白「…いいですね。落ち着く」
蒼大「でしょ」
しばらく音楽に耳を傾けていたが、バスの心地いい揺れによりまた眠ってしまった真白。
真白の無垢な寝顔に、おもわずクスっと笑ってしまう蒼大。
蒼大(嫌いじゃないって言われて、それで充分だと思ったのに…もっと近づきたいって欲が出てくる)
蒼大(そんな資格、俺にはないのに…)
せつなげに真白をみつめる蒼大。
松原先生「これで大丈夫。お風呂の時に染みるかもしれないね」
モブ男子「失礼します。松原先生、ちょっと来てもらえますか?」
松原先生「はいはーい」
男子生徒に呼ばれて医務室を出て行った松原先生。
あかね「失礼しまーす。雛月さん?」
入れ違いであかねとすみれが入ってきた。あかねの手にはトレーにのった今夜の夕食が。
あかね「バイキングだったんだけどさ、なにが好きかわかんなかったから適当に取ってきた」
トレーには肉団子やパスタ、サラダにフルーツなど皿にたくさんの種類の食べ物がのっている。コンソメスープもあり、おいしそうな匂いが医務室内に充満し、おもわずぐぅ~と腹が鳴る真白。
あかね「ちょうどよかった!」
すみれ「たくさん食べてね」
真白「ありがとう…ございます」
腹の音にケラケラ笑う二人。恥ずかしそうにしながらも嬉しそうな真白。
あかね「そういえば蓮見くん、さっきめっちゃ落ち込んでたんだけど」
すみれ「負のオーラ纏ってたよ」
あかね「話しかけづらかったよね」
すみれ「ご飯もあんまり食べてなかったみたいだし」
真白「そうなんですね…蓮見くんが…」
少し心配そうにする真白。
宿所内、誰も居なくなった食堂ーーー食器を返却しに来た真白。奥の方で食器を片付ける音がする。
真白「すみません、食器をーー」
カウンターから奥へ声をかける真白。奥から食堂のおばちゃんが顔を出す。
食堂のおばちゃん「あ~そこに置いておいて」
真白「あ、ご飯おいしかったです。ごちそうさまでした」
食堂のおばちゃん「お粗末様でした。あ、そうだ!これ持って行って」
「食後のデザートね」と差しだされたのは2個の大福。
真白「え?あ?…いいんですか?」
食堂のおばちゃん「他の子には内緒ね」
真白「ありがとうございます」
宿所内、廊下ーーー大福を手にほくほくと嬉しそうな真白。
真白(今日は大変な一日だったけど、良いこともあるんだな~。2個あるから、片桐さん(あかね)と藤堂さん(すみれ)にあげよう)
女子部屋に入ろうとしたその時、廊下の突き当りの椅子に誰かが座っているのがみえた。どよーんと重たい空気を纏っている。
真白(もしかして、蓮見くん?)
恐る恐る近寄ってみると、蒼大がぼんやりとスマホ画面をみつめていた。真白の存在には気づいていない。声をかけようとしたが以前同じようなことがあったのを思い出し、蒼大が気づくまで気配を消して待つことにした。
5分後ーーー真白(あれ?なかなか気づかないな~わたし気配消すのうまいからな~)
10分後ーー真白(そろそろ気づいてもいいんじゃない?蓮見くんずっとスマホみてるけどなにみてるの?)
真白「暗所恐怖症・閉所恐怖症の心理的要因ーーー」
突然耳元で真白の声がして、驚いてスマホを落としてしまう蒼大。
蒼大「びっっくりしたー…」
真白「10分くらい前からいるのに全然気づかないんですもん…」
すねる真白に「ごめんごめん」と苦笑する蒼大。ぐぅ~と腹が鳴り、蒼大が腹をさすりながら苦笑する。手にある大福と蒼大を交互に見て(片桐さん藤堂さん、ごめんなさい)と心中で謝る真白。
真白「食べますか?」
大福を目にした蒼大はじゅるりと唾を飲みこむ。
蒼大「食べま…せん」
真白「そうですか」
ぐぅ~~~、と先程より大きく腹が鳴り、にっこりと笑みを浮かべて蒼大の手に大福を握らせる真白。
女子部屋から数人の女子が話をしながら出てきた。”他の子には内緒ね”というおばちゃんの言葉を思い出して、「こっち、こっち行きましょ」と蒼大の手を引いて階段を上がる真白。つながれた手をみて少し照れてしまう蒼大。
宿所内、階段の踊り場ーーー二人端の方にちょこんと座りもぐもぐと大福を食べている。大福を食べ終えた真白は蒼大の方を向き、頭を下げる。
真白「さっきは助けていただいて、ありがとうございました。気が動転してちゃんとお礼が言えてなかったので…あの、重かったですよね…ごめんなさい」
神社へ向かう山道でうずくまっている真白を発見した蒼大。真白は少しパニックになっており、泣き止むまで背中をさすってなだめていた。落ち着いた頃、立ちあがろうとした真白だが、足に力が入らずに立てなかったため、蒼大が真白を背中におぶり宿所まで帰ってきた。
蒼大「謝らないで。悪いのは俺だから」
蒼大「雛月さんがパニックになったの、俺のせいだから…」
真白「…?どうして、蓮見くんのせいなんですか?」
ぎゅっと拳を握り下を向いている蒼大と困惑している真白。
蒼大「俺が雛月さんを…掃除用具入れに閉じ込めたから」
過去の記憶が呼び起こされる。小学2年生の時、蒼大に無理やり掃除用具入れに入れられた。ドンドン叩いても扉は開かない。扉が開かないように机をストッパーにされていたから。中から大声で何度も叫んだ。何度叫んでも誰も来てくれなかった。10分間くらいの出来事だったが、小学2年生の子どもの真白の体感では1時間くらい。
真白「その時のこと、何度も夢にみました…暗いところや狭いところは苦手だし、お化け屋敷は絶対に無理です。完全にトラウマです。…矢吹蒼大のことはめちゃくちゃ恨んでます。」
真剣な面持ちで淡々と話をする真白。
真白「でも、蓮見くん…蓮見蒼大くんにはすごく感謝してます。たくさん、たくさんたくさん助けてもらいました」
下を向いている蒼大をまっすぐにみつめる真白。
真白「夢の中でね、真っ暗な掃除用具入れから助けてくれた人がいるんです。顔はみえなかったけど、あれは蓮見くんだった。だって今日、同じようなシチュエーションで助けにきてくれました。少女マンガだったら恋がはじまるやつです」
下を向いていた蒼大が顔を上げて真白の方をみる。真白は恥ずかしそうに視線をそらした。
蒼大「…はじまったんですか、恋」
蒼大からのまっすぐに注がれる視線にいたたまれなくなり、顔をそむける真白。
真白「…は、はじまりません!矢吹蒼大のことはめちゃくちゃ恨んでますから!」
蒼大「…ですよね」
ははは、と乾いた笑いを浮かべる蒼大。
真白「や、矢吹蒼大のことは恨んでますけど、蓮見くんのことは…き、きらいじゃないです」
驚いて目を見開いた後、安心したようにやんわりとほほ笑む蒼大。
蒼大「…そっか」
校長先生「お話し中すみません、そろそろ通ってもよろしいですか?」
階段の上から校長先生(引率で合宿に来ている)が気まずそうに顔をだす。
真白「こ、こうちょうせんせい?!」
校長先生「立ち聞きするつもりはなかったんですが…」
階段を降りながら苦笑する校長先生。
校長先生「若いっていいですね…」
ふふっと微笑ましそうに笑い2人の横を通り過ぎて階段を降りていく校長先生。
真白(校長先生に聞かれてたなんて…やばい、恥ずかしすぎる)
真っ赤になった顔を両手で覆いジタバタと足を動かしている真白。
蒼大(また変な動きしてる)
真白「付き合ってるようにみえたんでしょうか?」
蒼大「そうかもね。若狭(青磁)にも聞かれたよ、付き合ってんのって」
真白「あ、わたしも、クラスの子に聞かれました」
蒼大「ありえないよね。俺と雛月さんが付き合うなんて…」
一瞬、ちくっと胸が痛くなる真白。
真白「そ、そうですね…ありえないですよね」
しばらく無言の間が続き、いたたまれなくなった真白は突然スクっと立ち上がる。
真白「じゃあ、そろそろ戻りますね。お、おやすみなさい…」
下を向いて階段をおりていく真白。
蒼大「あ、うん、おやすみ…」
階段をおりていく真白の後ろ姿をみおくったあと、ため息をつく蒼大。
翌日の朝、宿所のグラウンドーーー生徒たちが帽子をかぶりリュックを背負ってグラウンドに集合している。
青磁「初心者コース、中級者コース、上級者コース、どれにする?」
青磁が山の散策用マップを広げて班員にたずねる。
あかね「せっかくだから上級者コースにしない?」
青磁「え?!上級者コース?!”ちょ~だる~い”とか言いそうなお前が?!」
あかね「はぁ?!わたし山登りめっちゃ得意だから!」
青磁「山登りに得意とか不得意とかあんのかよ」
蒼大「はいはい、痴話げんかはよそでやってください。ウチの班は初心者コース一択です」
あかね「なんで?!」
蒼大がふいっと視線を送る、その先にいるのは真白。
真白「え?…わたしなら大丈夫です。昨日ケガしたところも、もう痛くないし」
ぶんぶん腕を振り回して大丈夫だとアピールする真白。
蒼大「ケガしたの足でしょ」
無駄に腕を振り回していることに気づいてスンッと腕を下す。
すみれ「途中で痛くなるかもしれないし、今回は初心者コースにしよ」
あかね「そういうことなら仕方ない」
真白「すみません…」
あかね「それにしても、蓮見くんって雛月さんに甘いよね~」
すみれ「甘いっていうか過保護?」
青磁「ぶはっ!過保護!確かに!」
千草「お母さんみたいだよね」
蒼大「お母さんって…」
みんなに背を向けて肩を震わせている真白。
あかね「雛月さん?」
すみれ「ケガが痛むの?」
真白「…おかっ、おかあさん…蓮見くんが…過保護で…」
ブツブツ独り言を言う真白を怪訝にみる班員たち。
真白「…あっははは!…ごめ、なさい…おかしくって…」
腹を抱えて笑う真白。
千草「雛月さんが…」
すみれ「笑ってる…」
青磁「初めてみたかも」
あかね「めっちゃかわいいじゃん!ね、蓮見くん?」
顔をほころばせて笑う真白に見惚れてしまう蒼大。
千草(これって…)
すみれ(あれじゃない?)
青磁(人が恋に落ちる瞬間をみてしまった、ってやつ?)
あかね(やばっ!)
共感性羞恥でいたたまれなくなる男子とにやにやしてしまう女子。
真白「はぁ~…久しぶりに笑った」
蒼大「笑いすぎ…」
真白「すみません」
蒼大「いくよ」
真白「あっ待ってください!」
先に行ってしまった蒼大を追いかける真白。
真白たちは山の中をゆっくりと散策し、途中昼食のおにぎりを食べて下山。宿所に帰ってくるとすぐに帰る準備をして、お世話になった人に挨拶をしてバスに乗り込んだ。
帰りのバスの中ーーー周りの生徒はみんな寝ており真白もうつらうつらと眠りかけていた。ガクンッとバスが揺れて意識を取り戻した真白。ふと隣(通路をはさんで右側)をみると、蒼大がぼんやりとスマホをみていた。耳にはイヤホンがついている。ボーッと蒼大をみる真白。その視線に気づいた蒼大はスマホから顔を上げて真白の方をみる。
蒼大「眠れないの?」
真白「さっきまで寝てたんですが、目が覚めちゃって…」
真白「なに聞いてるんですか?」
蒼大「聞く?」
ほら、とイヤホンを片方手渡され、それを耳につける真白。イヤホンからは洋楽が聞こえてきた。ゆったりとしたアコースティック・バラードだ。
真白「…いいですね。落ち着く」
蒼大「でしょ」
しばらく音楽に耳を傾けていたが、バスの心地いい揺れによりまた眠ってしまった真白。
真白の無垢な寝顔に、おもわずクスっと笑ってしまう蒼大。
蒼大(嫌いじゃないって言われて、それで充分だと思ったのに…もっと近づきたいって欲が出てくる)
蒼大(そんな資格、俺にはないのに…)
せつなげに真白をみつめる蒼大。