エリート医師は美味しそうな看護師とお近づきになりたい
※14の続きです 

***



「こわい」
 玲音が呟くと、竜は彼女の細い首に這わせていた舌を浮かせた。
 ベッドサイドランプの明かりが、濡れた皮膚をきらめかせる。
「嫌ならやめる」
 玲音の体の上に覆いかぶさっていた竜が退こうとすると、彼女が「違う」と筋肉質な腕を捕まえた。
「こんなに優しくされて罰が当たりそうだと思って」
「……そんなことあるか」
「もっと適当でいいのに」
「適当にされたいのか?」
 玲音が戸惑いを含みながら首を横に振ると、その反応を確認した竜が細い体を守っているガウンの紐を解き始めた。タンクトップの裾も捲り上げ幼児にするような手つきで脱がせていく。纏うものが無くなった彼女の胸元の白さに竜の視線は釘付けになった。
 玲音が竜の襟を両手で掴んで「見ないで」と顔を背ける。
「ボリュームが足りないとか言うんだろ」
「俺がそういうところを気にしてると思うか?」
 竜の唇が彼女の胸に青く走行している血管をなぞる。僅かに濡れたその感触に、玲音は身を震わせた。時折優しく皮膚を食まれ、歯を立てられる。ほのかな痛みとくすぐったさに体の奥が疼いていく。漏れ出てしまう声を聞かせたくなくて右手の甲で蓋をすると、今度はその掌にキスをされた。
「隠すなよ」
「無理。恥ずかしい」
「そうか」
 竜の短い髪が鎖骨に触れたと思った瞬間に、玲音の嬌声が上がった。胸の先端を掠めたうるうるとした舌の感触に、電気に触れたように体が跳ねる。
「や……っ」
「嫌?」
 顔を上げた竜に真剣な目で問われ、そういう馬鹿真面目な気遣いをするところがムカつくんだ、と玲音は思う。察してよ。でもそんなことはとても言えない。熱を持った脳と眼球が熱くなる。下腹部に広がるじれったさを慰めてほしい。そう思いながらも、出た言葉は「やだ」だった。
 言ってから後悔する。
 裏腹に、竜の着ているガウンを逃すまいと手に力が入った。
「本当に嫌だったらもっと抵抗してくれ。俺が勘違いする前に」
 愛想も愛嬌も無く言い放ち、竜は再び玲音の胸に顔を埋めた。犬のように大振りに舐めたかと思えば中心を舌先で弄られる。空いたほうの手で片側も同時に責められれば、玲音の口からはひっきり無しに高い声が漏れた。
 玲音の焼き切れそうな意識と敏感になった触覚が、他の刺激を受け取ったのは暫くしてからだった。
 舌を絡められて息も絶え絶えになっているとき、玲音は太ももの内側に硬いものが当たっていることに気が付いた。唾液に塗れた唇を拭って「勃ってる……」と驚嘆すると、竜は、
「そうじゃないと困るだろ」
 と間近でないと見逃してしまうほど微かに口角を上げた。


「脱いでよ」
 竜がヘッドボードに置いていた財布に手を伸ばし、中から正方形の袋を取り出したとき、裸の玲音が淡い暗闇の中でぽつりと言った。
「私は真っ裸なのにあんただけ着こんでたら何か変態臭いじゃん」
 そうか?と竜は首を傾げたが、玲音が眉根を寄せるので素直に脱いだ。惜しげもなく晒されたどこもかしこも硬そうな体に思わず玲音は息を飲む。これまで交わってきた誰よりも――と言っても経験人数はさほど多くないが――鍛えられた肉体だった。
「柔道やってたんだっけ?」
 玲音は自分の体の上にある彼の肩を撫で、厚い胸にそっと掌を当てる。
「今もたまに」
「巨乳で羨ましい。どう鍛えたらそんなふうに――……」
 玲音が言い終える前に竜は彼女の下唇を舐め、「その話は後で聞く」と自分のものとは対照的な柔らかな太ももを持ち上げた。竜のものが玲音の足の付け根に触れる。彼女は焦ったように腕をつっぱった。
「待って!心の準備できてない!」
「嫌だったら殴れ」
 速急に当てられた先端が蕾を割り入ってくる圧迫感に、玲音は堪らず息を止めた。熱くて硬い、欲情の塊のようなそれが理性をとどめながら恐ろしいほど優しく中に収まる。近付けられた竜の、普段からは想像ができないような切ない表情が玲音にはあまりにも煽情的に見えた。
 目尻にキスをされる。涙が流れていたことに玲音ははじめて気付いた。
「痛いか?」
「大丈夫、……だと思う」
「嫌だったら――」
「殴るから!もう!」
 焦れた玲音が竜の背中を抱き寄せると、密着した心臓が二人の拍動を混ぜた。皮膚が貼りつき体温も粘膜も溶け合って、正しいかたちを取り戻したような感覚に包まれる。彼が与える愛情と安心感を求めるように、彼女は竜の腰を両足で挟んだ。
「早く、先生」
 玲音の甘える声に、竜のものが硬く膨張した。
 きつくなった中の刺激に玲音の爪先が跳ねる。
 竜は自嘲した。
「本当に変態だな、俺は」

 
 奥まで達していた棒をゆっくりと抜かれる。柔らかな壁を擦る感触がトリガーとなって、無意識に彼を締め付けてしまう。度々首筋に感じる竜の吐息の湿っぽさも相乗して、耐えているつもりでも腰が揺れた。激しくされているわけでもないのに縋っていないとすぐに昇ってしまいそうで、竜の首を抱き締めたまま必死で息継ぎをする。
「や、もうやだっ。変になりそう……っ」
「変になれば」
「馬鹿っ……ほんと、無理だからぁ」
 頬を紅潮させポロポロ涙を流す玲音をじっと見て、竜は考えるようにして一拍置いてから律動を早めた。
「待って、ダメ……あ、やだ……や」
 竜を抱き留めたまま、玲音はいっそう大きく体を跳ねさせた。それに続くように、竜も玲音を抱き締め返し、快感にきつく目を閉じる。
 汗ばんだ胸を上下させ呼吸を整えると、心地良い倦怠感が南国の穏やかなさざ波のようにやってきた。


「大丈夫か?」
 竜が労うように玲音の髪を撫でる。「大丈夫じゃない」と玲音は赤いままの顔で口をへの字に曲げた。
「ムカつく」
「何が?」
「全部!」
 結構よさそうだったが、と竜は行為の様子を思い出す。玲音の隣に横になり白く乾いた天井を見上げると、途端に現実感が無くなり暫く呆然とした。
 ごろんとうつ伏せになり、肘をついた玲音が竜の顔を見下ろす。
「寝てる?」
「いや……」
「これっきり?」
「そんなわけ無いだろ」
 そっか、と玲音は安堵したように目を細めて竜の胸に頬を押し付けた。
 玲音がぶつけてくる感情には何よりも現実感が籠っている。竜は守らなければすぐに傷ついてしまいそうな彼女の体を抱き締めて「今まで長かった」と胸の中でしみじみ呟いた。
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