早河シリーズ最終幕【人形劇】
「貴女にとってはキングは悪人に見えるでしょうね。そんな男の側にいる私を理解できなくても無理ないわ」
「当たり前です。だってとんでもない極悪人じゃないですか。犯罪組織のトップで、親を殺して、他にも沢山の人を殺してる」

 丸いチョコチップクッキーを品よくかじって莉央はまた微笑する。すべてを包み込む女神か天使のような神々しい微笑みだ。

「とんでもない極悪人か。確かにそうよね。実際あの人はとんでもない悪人よ」
「それなのに……キングが莉央さんの居場所なんですか?」
「そう。キングの隣にいることを私が選んだ。キングと出会わなければ私はとっくに死んでいたでしょう。だけどキングと出会わなければこの手で殺人を犯すこともなかった」

天井に向けてかざされた莉央の白い手。彼女の華奢な手で人が殺されていることが美月にらいまだ信じられなかった。

「でも出会わなければよかったとは思わない。キングは私の人生で必要な人だから」
「……愛しているんですか?」
「愛している。彼がとんでもない極悪人でもね。愛しているから側にいる」

 当事者の二人にしかわからない感情がある。恋愛とはそういうもの。周りから見えているものとは違う、二人にしか見えないものがある。
だけど莉央の本心を聞けば聞くほど、謎が増える。モヤモヤとした感情が増幅する。

「じゃあどうして……隼人と……」

 聞くつもりのなかった言葉が口から出ていた。隼人と莉央、どこか似ているこの二人には二人にしかわからないところで強く結び付いている気がしてならない。

その結び付きに嫉妬した。隼人の心に居続ける莉央の存在にどうしようもなく嫉妬している。

「会いたかったから。木村隼人……彼と一緒にいる時の私は自分の立場を忘れてただの寺沢莉央で居られた。それがとても心地よかったの」

 莉央は美月の嫉妬の眼差しをやんわり受け止める。何もかもをわかった上で、彼女は素直な言葉を吐露した。

「でも貴女が心配することは何もない。木村隼人は貴女を本気で愛している。それは信じてあげて」

優しい微笑みにつられて頷きそうになったが、この異常な状況を思い出して美月は我に返った。

「だけどこのままじゃ隼人にも会えません。もう一生会えないかもしれない」

 項垂れる美月に莉央が言葉をかけることはない。莉央は二人分のカップを片付け、美月に貸したコートを持って3003号室を後にした。
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