早河シリーズ最終幕【人形劇】
極彩色のネオンが灯る六本木。飲み屋の並ぶ路地の一角にぽっかり空いた空洞がある。
路地を歩いていた早河仁は空洞の前で立ち止まり、素早く穴の中に飛び込んだ。中には細長い階段が地下まで続いていて、彼は降りた先の金色の取っ手のついた扉を押し開けた。
早河には馴染み深い甘い花の香りが今夜も彼を出迎えてくれる。
「いらっしゃーい」
店内には紫のアイシャドウで目元を彩ったみき子ママだけがいた。今夜この店は臨時休業、客も従業員もいない。
みき子は早河が何も言わずとも彼にカードを渡した。
「ご新規さん、ものすごくいい男ねぇ。ジンちゃんの周りはいい男が揃っていてずるいわぁ」
『ずるいって言われてもなぁ。第一、あの人は結婚してるぞ』
「そんなの見ればわかるわよぉ。残念ね。いい男はみんな他の女のものになっちゃうんだもん」
50代の女装した男に、いい男が周りにいてずるいと言われても返答に困る。
今はニューハーフのみき子だが、三紀彦《みきひこ》としての戸籍上は婚姻歴があるバツイチなのだから、人は見た目では過去はわからないものだ。
笑っていたみき子の顔が突として謹厳《きんげん》な表情に変わる。
「一輝ちゃんは無事だったようね。よかったわ。一輝ちゃんが狙われたって武田さんから聞いた時は、こっちの心臓が止まるかと思ったわよぉ」
『これ以上、貴嶋の思い通りにはさせねぇよ。明日、すべての決着をつけてやる』
カードを手にした早河が店の奥に入っていった。彼の後ろ姿を見送ったみき子はカウンターの引き出しから封筒を取り出す。
封筒に書かれた差出人の名は寺沢美雪。犯罪組織カオスのクイーン、寺沢莉央の母親だ。
亡き友から送られた最後の手紙は娘への愛に溢れていた。
こんな形で美雪の娘の近状を知ることになるとは残酷なものだ。
「ねぇ、美雪ちゃん。これからどうなるのかしらね……」
*
店の奥の鉄扉の横にはカード差し込み口がある。早河はカードを差し入れ、テンキーに触れて暗証番号を打ち込むと扉のロックが解除された。
等間隔に扉が並ぶ薄暗い通路を進み、15のナンバープレートの扉に彼はまたカードを差し込んだ。鍵が開いた扉から室内に入るとパソコンを睨み付けていた阿部警視が顔を上げた。
『噂には聞いていたがさすがの設備だな。六本木にこんな場所があるとは思わなかった』
『タケさんのポケットマネーで作らせた秘密の地下室ですからね』
このビジネスルームは武田財務大臣が作らせた秘密基地のようなもの。一般客にはこの店はニューハーフのみき子が経営するキャバレーとしか思われていない。
華やかなキャバレーの奥に存在する秘密基地への招待状を手にできるのは、武田と繋がりの深い政財界の一部の人間のみ。あの貴嶋でさえもこのビジネスルームの存在は知らないはずだ。
路地を歩いていた早河仁は空洞の前で立ち止まり、素早く穴の中に飛び込んだ。中には細長い階段が地下まで続いていて、彼は降りた先の金色の取っ手のついた扉を押し開けた。
早河には馴染み深い甘い花の香りが今夜も彼を出迎えてくれる。
「いらっしゃーい」
店内には紫のアイシャドウで目元を彩ったみき子ママだけがいた。今夜この店は臨時休業、客も従業員もいない。
みき子は早河が何も言わずとも彼にカードを渡した。
「ご新規さん、ものすごくいい男ねぇ。ジンちゃんの周りはいい男が揃っていてずるいわぁ」
『ずるいって言われてもなぁ。第一、あの人は結婚してるぞ』
「そんなの見ればわかるわよぉ。残念ね。いい男はみんな他の女のものになっちゃうんだもん」
50代の女装した男に、いい男が周りにいてずるいと言われても返答に困る。
今はニューハーフのみき子だが、三紀彦《みきひこ》としての戸籍上は婚姻歴があるバツイチなのだから、人は見た目では過去はわからないものだ。
笑っていたみき子の顔が突として謹厳《きんげん》な表情に変わる。
「一輝ちゃんは無事だったようね。よかったわ。一輝ちゃんが狙われたって武田さんから聞いた時は、こっちの心臓が止まるかと思ったわよぉ」
『これ以上、貴嶋の思い通りにはさせねぇよ。明日、すべての決着をつけてやる』
カードを手にした早河が店の奥に入っていった。彼の後ろ姿を見送ったみき子はカウンターの引き出しから封筒を取り出す。
封筒に書かれた差出人の名は寺沢美雪。犯罪組織カオスのクイーン、寺沢莉央の母親だ。
亡き友から送られた最後の手紙は娘への愛に溢れていた。
こんな形で美雪の娘の近状を知ることになるとは残酷なものだ。
「ねぇ、美雪ちゃん。これからどうなるのかしらね……」
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店の奥の鉄扉の横にはカード差し込み口がある。早河はカードを差し入れ、テンキーに触れて暗証番号を打ち込むと扉のロックが解除された。
等間隔に扉が並ぶ薄暗い通路を進み、15のナンバープレートの扉に彼はまたカードを差し込んだ。鍵が開いた扉から室内に入るとパソコンを睨み付けていた阿部警視が顔を上げた。
『噂には聞いていたがさすがの設備だな。六本木にこんな場所があるとは思わなかった』
『タケさんのポケットマネーで作らせた秘密の地下室ですからね』
このビジネスルームは武田財務大臣が作らせた秘密基地のようなもの。一般客にはこの店はニューハーフのみき子が経営するキャバレーとしか思われていない。
華やかなキャバレーの奥に存在する秘密基地への招待状を手にできるのは、武田と繋がりの深い政財界の一部の人間のみ。あの貴嶋でさえもこのビジネスルームの存在は知らないはずだ。