早河シリーズ最終幕【人形劇】
早河と連絡を取ろうと思っても久保のいる前では話しづらい。阿部警視の指示であり、早河も承知と言われてもすべてを信用してもいいものか。
(ここからの避難が決まったのなら仁くんから私に直接連絡が来そうなものだけど……)
仕事用のノートパソコンや数日分の着替えをキャリーバッグに詰めて久保と共に自宅を出る。なぎさのキャリーバッグを持った久保が先に通路を進み、二人はエレベーターで一階まで降りた。
「あっ……上野さんっ!」
マンションのエントランスを出た先に警視庁捜査一課警部の上野恭一郎の姿がある。彼の横には白い車が停まっていた。
早河の元上司の上野がいるのなら、宮本と久保を信用していいのかもしれない。安堵したなぎさは彼に駆け寄った。
「上野さん、どうしてここに? さっき警察庁の宮本さんって方から連絡があって……」
なぎさの顔を見ても上野は無言だった。いつも温厚な彼の瞳が今は笑っていない。
「上野さん……?」
一歩ずつ近付く上野に初めて恐怖心を感じてなぎさは後退《あとずさ》る。
「違う……上野さんじゃない」
「“顔は”上野警部ですよ」
なぎさの背後で久保が彼女の肩に触れる。ビクッと震えたなぎさの首筋に注射器の針が突き刺さった。
「騙してごめんなさい。少し眠っていてくださいね」
注射器の液体がなぎさの体内に注入された数秒後、目眩を引き起こしたなぎさの身体が前のめりに倒れた。上野の姿をした男が意識を失ったなぎさを抱え、久保が白い車の後部座席を開けた。
後部座席の奥には寺沢莉央が座っている。莉央の隣になぎさが寝かされた。
「なぎさも騙される完璧な変装。さすがね、ファントム」
『この日のために上野警部の顔を研究しましたからね。香道なぎさを信用させるには身近な人間に化けることが最も効果的です』
莉央に変装を褒め称えられて男の口元が緩む。上野の顔で覆われた男からは上野恭一郎ではない別人の声が発せられた。
それはファントム、黒崎来人のもの。なぎさに電話をかけてきた宮本と名乗った男と同じ声でもあった。
上野に変装した黒崎が助手席に乗り、運転席には久保が乗り込んだ。
「カナリーもご苦労様。名演技だったわよ」
「お恥ずかしいです」
久保と名乗っていたカナリー、沢井あかりは束ねていた髪をほどいて豊かなセミロングの黒髪を背中に流した。あかりの運転する車がなぎさのマンションの前から動き出す。
「外に出るなって言われているのに簡単に騙されて。早河さんに心配かけるようなことしちゃダメでしょう? なぎさ」
莉央は隣に横たわるなぎさの髪を優しく撫でた。
(ここからの避難が決まったのなら仁くんから私に直接連絡が来そうなものだけど……)
仕事用のノートパソコンや数日分の着替えをキャリーバッグに詰めて久保と共に自宅を出る。なぎさのキャリーバッグを持った久保が先に通路を進み、二人はエレベーターで一階まで降りた。
「あっ……上野さんっ!」
マンションのエントランスを出た先に警視庁捜査一課警部の上野恭一郎の姿がある。彼の横には白い車が停まっていた。
早河の元上司の上野がいるのなら、宮本と久保を信用していいのかもしれない。安堵したなぎさは彼に駆け寄った。
「上野さん、どうしてここに? さっき警察庁の宮本さんって方から連絡があって……」
なぎさの顔を見ても上野は無言だった。いつも温厚な彼の瞳が今は笑っていない。
「上野さん……?」
一歩ずつ近付く上野に初めて恐怖心を感じてなぎさは後退《あとずさ》る。
「違う……上野さんじゃない」
「“顔は”上野警部ですよ」
なぎさの背後で久保が彼女の肩に触れる。ビクッと震えたなぎさの首筋に注射器の針が突き刺さった。
「騙してごめんなさい。少し眠っていてくださいね」
注射器の液体がなぎさの体内に注入された数秒後、目眩を引き起こしたなぎさの身体が前のめりに倒れた。上野の姿をした男が意識を失ったなぎさを抱え、久保が白い車の後部座席を開けた。
後部座席の奥には寺沢莉央が座っている。莉央の隣になぎさが寝かされた。
「なぎさも騙される完璧な変装。さすがね、ファントム」
『この日のために上野警部の顔を研究しましたからね。香道なぎさを信用させるには身近な人間に化けることが最も効果的です』
莉央に変装を褒め称えられて男の口元が緩む。上野の顔で覆われた男からは上野恭一郎ではない別人の声が発せられた。
それはファントム、黒崎来人のもの。なぎさに電話をかけてきた宮本と名乗った男と同じ声でもあった。
上野に変装した黒崎が助手席に乗り、運転席には久保が乗り込んだ。
「カナリーもご苦労様。名演技だったわよ」
「お恥ずかしいです」
久保と名乗っていたカナリー、沢井あかりは束ねていた髪をほどいて豊かなセミロングの黒髪を背中に流した。あかりの運転する車がなぎさのマンションの前から動き出す。
「外に出るなって言われているのに簡単に騙されて。早河さんに心配かけるようなことしちゃダメでしょう? なぎさ」
莉央は隣に横たわるなぎさの髪を優しく撫でた。