早河シリーズ最終幕【人形劇】
 日米首脳会談を終えた大河内《おおこうち》首相を乗せた車が永田町の首相官邸を後にする。首相とアメリカ大統領はこの後、老人ホーム訪問や小学校訪問、大学での講演会に出席する。

首相を乗せた車の移動ルートは外務省幹部しか知り得ないトップシークレットの情報だが、犯罪組織カオスにはトップシークレットの情報を盗み出すのは容易いこと。

 スコーピオンが構えるライフルのスコープは、最初の訪問先である小学校に向かう移動ルートの中間地点を捕らえていた。ここで待っていれば獲物が飛び込んでくる。

まず車輪を潰して車の動きを封じ、首相が車から出てきたところを一発で仕留める。運転手もガードマンもひとり残らず撃つつもりだ。

 ビルの屋上に吹く冷たい風など彼は一切感じなかった。それどころか待ちに待った最高の瞬間の訪れを目前にして、動悸が速くなっている。

手を伸ばせば届きそうな青い空と太陽の下でスコーピオンは静かに時を待つ。首相の車が近付けば左耳のイヤモニに仲間から連絡が入る手はずだった。

『どれだけ待っても大河内首相の車は現れないぞ』

 イヤモニをつけていない右耳から思わぬ人物の声がして彼は顔を上げた。ライフルを構えたまま後方に視線を向ける。

『お前は……警視庁の上野……』

屋上の扉の側に上野恭一郎が立っていた。上野も拳銃を構えてスコーピオンを威嚇している。

『何故この場所がわかった?』
『お前達の狙いが首相の命なのはわかっていた。だからフェイクを仕掛けた』
『……まさか偽の情報を流したのか?』
『そうだ。首相を狙うのは日米首脳会談後の視察時だと踏んでいた。スパイダーが外務省幹部のPCをハッキングすることも読めていた』

 強い横風が上野とスコーピオンの間を鋭く切り裂いた。上野の背後にいる数名の警官隊もスコーピオンを威嚇する。

『だからあえてスパイダーにハッキングさせたんだ。スパイダーに掴ませた首相の移動ルートの情報はフェイク。そのフェイクのルートからお前が選びそうな狙撃ポイントをいくつか割り出し、お前を待ち伏せしていたんだ』

 スコーピオンはライフルのトリガーにかけた指を離さず苦笑いする。ライフルのセイフティーレバーはまだ外れていない。

『首相暗殺は諦めるんだな。ライフルを下に置き、両手を上げろ』

短い溜息をついたスコーピオンはライフルを地面に置いてゆっくり腰を上げた。

『あれがフェイクだとはね。上手いこと騙されたな』

 腰に下げたホルスターから抜き取った拳銃から銃弾が発射される。スコーピオンが撃つよりも数秒速く上野が発砲したため、上野が撃った弾がスコーピオンの右肩に命中した。
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