早河シリーズ最終幕【人形劇】
 日比谷公園は日本の権力の集合体、霞ヶ関と呼ばれる一帯には早河の以前の職場の警視庁を筆頭に、東京高等裁判所、外務省、文部科学省、財務省などの国の主要機関が集まっていた。

霞ヶ関一丁目中央合同庁舎第6号館には法務省が入っている。

 日比谷公園内の自由の鐘の前に男が立っていた。しきりに腕時計で時間を確認していた男が顔を上げる。
驚きを態度に出すまいと懸命に無表情を装っていても、男の目の動きに動揺の気配が見えた。

『……どうして君がここに?』
『総監はどうしてこちらに?』

早河は男の質問に質問で返した。鐘の前にいるのは早河が刑事時代に警視庁トップの警視総監の任に就いた笹本尚之警視総監だった。

『私は……待ち合わせをしていてね』
『待ち合わせの相手は岩波法務大臣ですよね?』

岩波法務大臣の名を出すと笹本の目がさらに泳ぐ。

『“カオスの今後について話がある、待ち合わせ場所は日比谷公園の自由の鐘の前で。”……岩波大臣からこんな内容のメールが今朝届きませんでした?』
『何故……君が……』
『岩波大臣のメールアドレスを拝借してあなた宛にメールを出したのは俺達です。同じ内容のメールをあなたのメールアドレスから岩波大臣にも送りました。……来ましたね』

 ふくよかな体型の男がきょろきょろと周りを気にしながら公園に入ってくる。その男は鐘の前で睨み合う早河と笹本を見て血相を変えた。

『これは……笹本さん、一体どういうつもりだね? 何がどうなっている?』
『岩波大臣。お呼び立てして申し訳ありません。お二方とそれぞれ話をするには時間が惜しかったもので。恐縮ですが、一ヶ所に集まっていただきました』

早河は前に進み出て岩波大臣に会釈する。それを見た笹本が鼻を鳴らした。

『大臣。私達はこの早河にはめられたらしいですよ』
『よくわからないが、用がないなら失礼するよ。私はこれでも忙しいんだ』

踵を返そうとした岩波大臣は公園の小道を進んでくる人物を目にしてグッと喉を鳴らした。

『もうお帰りですか? 岩波さん』
『武田財務大臣……。そうか、すべてあなたの差し金ですか』
『誤解してもらっては困るね。あなたを陥れるためじゃない。この国の未来のためだ。貴嶋に支配される国などあってはならない』

 武田健造財務大臣が警察庁の阿部警視と公安の栗山警部補を引き連れて鐘の前に到着した。岩波と笹本の周りを早河、武田大臣、阿部、栗山が取り囲む。

栗山の部下の公安の刑事達も園内で待機していた。六人の男達の足元で枯れ葉が風に舞う。

『笹本警視総監、岩波法務大臣。犯罪組織カオス並びに、貴嶋佑聖との関わりについてお聞きしたいことがあります。警察庁までご同行願えますか?』
『私は何も知らないっ!』

 笹本は阿部を睨み付け、岩波は青ざめた顔を横に振るばかり。

『詳しい話は後で伺います。身分のある方がこのような場で騒ぎを起こせばマスコミが嗅ぎ付けますよ?』

有無を言わさぬ阿部の威圧感を受けて笹本と岩波は抵抗の言葉を呑み込む。
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