早河シリーズ最終幕【人形劇】
 舌打ちした笹本は阿部の後方に控える早河を見据えた。

『こんな姑息な手段で私を追い詰めても裁判でいくらでも覆せる。所詮《しょせん》、証拠はないのだからね』
『ではこれをお聞きになりますか?』

 早河はポケットから出したICレコーダーの再生ボタンを押した。ノイズがしばらく続いた後に男の話し声が流れる。


{──やぁ、これは西山相談役。お久しぶりですなぁ }


 レコーダーから真っ先に聴こえてきたのは紛れもなく笹本の声だった。それを聞いた笹本が目を見開いて狼狽する。

{──昨日は歌舞伎町でやらかしたようですね }
{──真壁の組長の死に様は呆気ないものだ。これでうちは関東イチの勢力。カオスと組めばいずれ我々が日本を牛耳る日も近い…… }

早河がレコーダーの停止ボタンを押し、再生は止まった。無言の空気がその場に残る。

『総監と話をしていた相手は和田組の西山相談役。昨夜、あなたは同期の大阪府警本部長と銀座で飲み歩いていたようですね。あなたと府警本部長の会食の席に、貴嶋のビジネスパートナーである西山相談役が合流していた。この録音の他に証拠写真もありますよ。ご覧になりますか?』

 笹本の目の前に掲げた写真には銀座の高級クラブで豪遊する笹本と大阪府警本部長の安西、二人の間には白髪の男がいる。この白髪の男が西山相談役だ。

『警視庁トップのあなたがヤクザの元組長と同じ席で酒を酌み交わしていた。これだけでも充分、警察庁に出向く理由にはなりますよ。この件は阿部警視から警察庁長官に伝わっています』

ICレコーダーの録音と写真は、栗山の部下の公安刑事達が昨夜の笹本を尾行して入手したものだ。証拠を突きつけられて笹本は項垂れる。

公安刑事に掴まれた腕を笹本は冷たく払いのけた。

『早河……。お前のそのヒーロー気取りで目障りなところは父親そっくりだ。親子共々憎たらしい』

 堕落して追い詰められた警察組織のトップが早河を嘲笑っている。

2年前に射殺された元警視総監の門倉は早河の父親、早河武志の元上司だったが、笹本も武志が捜査一課にいた頃に捜査本部の責任者として指揮をとっていた時期がある。

 笹本と門倉にしてみれば早河武志は命令系統に従わない扱いにくい部下だっただろう。

『正義感を振りかざして悪者退治をするのはいいが、それによって大切な物を奪われないようにしろよ?』
『……どういう意味ですか?』
『お前の母親はお前の父親のくだらない正義感の巻き添えを喰らって命を落とした。お前も父親と同じ過ちを犯さないことだな』

捨て台詞を吐いて笹本は早河に背を向ける。腰を抜かして座り込んでいた岩波大臣と薄ら笑いを浮かべる笹本を、公安の刑事達が日比谷公園から連れ出して行った。
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