早河シリーズ最終幕【人形劇】
 有楽町駅近くの鉄筋コンクリート十二階建てマンションに上野恭一郎と小山真紀が入った。このマンションは全室が家具付きのウィークリーマンションとして貸し出されている。

寺沢莉央の情報によれば九階の部屋になぎさがいる。九階の一番奥の部屋の前で上野と真紀は顔を見合わせた。
万一に備えて二人は拳銃を構え、上野がドアノブを回すと鍵のかかっていない扉は簡単に開いた。

 玄関を入ってすぐの狭いキッチンの床に男が仰向けに倒れていた。男の頭部からは血が流れ、白い壁にはむごたらしい血しぶきの跡が残る。

室内に立ち込める血の臭いに真紀は鼻を押さえた。室内に人の気配がないことを確認した二人は銃をしまい、死体の確認をする。

「警部、この男……俳優の黒崎来人ですよね?」

 死体の男の顔は一瞬見ただけでは誰か判別がつかないほど表情が激しく歪んでいる。目を凝らして見てみると、ようやくそれが俳優の黒崎来人だと確認できた。

俳優として数多の女性を魅了した彼の無惨な死に様をファンが知れば嘆き悲しむことだろう。たとえこの男が犯罪組織の一員であったとしても。

『仲間割れか? 寺沢莉央は黒崎が殺されていることを知っていたのか……』

 死体を跨ぐのは憚《はばか》られるが、典型的なワンルームのこの部屋ではキッチンの先に続く洋間に向かうには黒崎の死体を跨ぐしかない。
真紀は足元の黒崎の死体に注意してキッチンと洋間を隔てる扉を開いた。

家具付きの部屋のベッドになぎさが寝かされていた。両手両足を縛られてはいるが身体に外傷は見当たらない。

『なぎさちゃんは?』
「薬で眠らされているだけのようです。外傷もありません」

 隣のキッチンには続々と捜査員が集まっている。彼らは黒崎の死体の検分を開始していた。

『黒崎の遺体を運び出すまではなぎさちゃんを起こさない方がいいだろうな。……ん? ……何?』

報告に来た刑事と小声でやりとりする上野は溜息の後に目を伏せた。

『小山。前言撤回だ。今すぐなぎさちゃんを起こして彼女を病院に連れて行け』
「病院? まさか早河さんに何か……」
『早河は無事だったが、寺沢莉央が……貴嶋に撃たれて意識不明だそうだ。助かるかはわからないと』

 安らかな顔で寝息を立てるなぎさが目を覚ました時に待つ、あまりにも辛い現実を思うと上野と真紀はそれ以上何も言えなかった。



第五章 END
→第六章 Runway に続く
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