早河シリーズ最終幕【人形劇】
 ──12月11日、午後5時。
霊安室のベッドの上で穏やかな顔をして永遠の眠りについた莉央の頬になぎさは手を添える。

「守りたかったんだよね」

 天使とも女神とも思える綺麗な寝顔はすべてを受け入れ、覚悟を決めた者の安らかさが感じられた。彼女はこの結末を最初から覚悟していたのかもしれない。

莉央が最後のUSBメモリをなぎさに手渡した礼拝堂でのあの夜が、莉央との再会と永遠の別れになってしまった。

 貴嶋に撃たれた腹部の傷からの出血と臓器の損傷が酷く、莉央は手術中に息を引き取った。貴嶋佑聖の31歳の誕生日である12月11日が皮肉にも莉央の命日となった。

 霊安室を出た廊下で早河仁がなぎさを待っていた。無言で抱き付くなぎさを彼は強く抱き締める。

『ごめんな……』

2年前も今回も、なぎさの大切な人を守れなかった無念と無力な自分への憤りが早河を苦しめる。
一番大切な人の大切な人をまた守れなかった。

 早河の腕の中でなぎさは首を横に振る。彼にしがみついた手は震え、なぎさは声をあげて涙を流した。

 泣きわめくなぎさの首にはネックレスチェーンをつけた金色の指輪が光る。指輪に刻印された名前はMIYUKI。
莉央の母、寺沢美雪の形見の指輪は莉央の形見として、なぎさに受け継がれた。

        *

 木村隼人と加藤麻衣子は霊安室の扉の前で足を止めた。二人を連れてきた上野警部が扉を開ける。

 ベッドに寝かされた莉央の姿から麻衣子は目を背けた。まだ部屋にも入っていないのに、彼女の視界はぼやけている。
隼人が麻衣子の手を握る。麻衣子が視線を上げると唇を噛んで真っ直ぐベッドを見据える隼人がいた。

『気が済むまで居ていいから』

 二人に一声かけて上野が霊安室の扉を閉めた。隼人と手を繋いだまま、麻衣子は莉央の遺体に近付く。
隼人と一緒にいなければ不安で怖くて、一歩も動けなかっただろう。

「痛かったよね。苦しかったよね……」

もう話すこともできない莉央に語りかけた。7年振りの友との再会は生きて叶わなかった。
隼人も莉央へと手を伸ばす。彼女の冷たくて滑らかな頬にそっと触れた。

『やっぱりお前……死ぬつもりだったんだな』

 隼人の悲痛な呟きに麻衣子も胸が押し潰されそうに痛い。

「あの夜に隼人の様子が変だったのって、莉央と会っていたからなんだね」
『ああ……』

 隼人が勤めるJSホールディングス爆破事件があった12月9日の出来事には続きがあった。
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