早河シリーズ最終幕【人形劇】
「三浦の担当する授業は、総合文化学部2年生が選択科目にしているギリシャ神話と人間心理学。この授業は元々は総合文化学部教授の小林教授が毎年受け持っていたようですが、今年は小林教授がヨーロッパに長期出張のため、小林教授の紹介で三浦が代理を務めることになったそうです」

 早河は調書を読んで黙り込む。

 三浦英司、その名を持つ者がもうひとりいる。カオスのファントム、黒崎来人の自殺した同級生の名前も三浦英司だ。これは偶然?

『浅丘美月の大学に現れた黒崎来人の同級生と同じ名前の教師……。偶然にしては出来すぎだ。そのヨーロッパ出張に行ってる教授とは連絡ついたのか?』

余りの栄養補助食品の封を開けた真紀はかぶりを振る。今日もまともな夕食は食べられそうもない。

「小林教授がヨーロッパの研究チームに招かれて9月に羽田からアムステルダム行きの便で出国したことはわかっていますが、どこの研究機関なのか、小林教授の秘書や家族も詳しく把握していなかったんです。教授はトップシークレットだと言って詳細を誰にも告げずにひとりでヨーロッパに行ったと」
『教授のヨーロッパ出張の話自体にも裏がありそうだな。最悪のケースを考えれば、ヨーロッパのどこかで邦人男性の身元不明の遺体が発見されるかもしれない』
「その線も踏まえてアムステルダムがあるオランダと、ヨーロッパ主要国の大使館には連絡済みです。あちらで何かあれば阿部警視に連絡が入ると思います」

 小林教授のヨーロッパ出張も、三浦を潜り込ませる目的で貴嶋が手を回したのなら小林もカオスの人間か、あるいは単に利用されただけか。
後者なら小林教授はすでにこの世にいないかもしれない。

『黒崎来人を殺したのはこいつかもな。三浦英司……何者なんだ』
「赤坂ロイヤルホテルには複数のカオス幹部や関係者が宿泊していました。美月ちゃんが軟禁されていた部屋は3003号室、同じ階の3001号室に貴嶋と寺沢莉央、二十七階の2701号室にスコーピオンの田村、2703号室にスパイダーの山内、2704号室にファントムの黒崎、それぞれの指紋や毛髪が検出できました。宿泊者が不明な部屋は2702号室です」

 真紀のデスクのパソコンには12月8日から11日までの赤坂ロイヤルホテルに宿泊した人間の名前が一覧で表示してある。

「2702号室はシングルルームですが、この部屋も12月8日から11日まで貴嶋が借りていました。カオスの関係者の誰かが泊まっていた部屋なのは間違いありません。部屋に残されていた指紋や毛髪から採取できたDNAと一致する人間は、逮捕者の中にはいませんでした」
『前科者リストとも照らし合わせたか?』
「はい。でも前科者でヒットした人間もいません。美月ちゃんがいた3003号室からは2702号室の宿泊者と同じ指紋と毛髪が採取できましたので、おそらく美月ちゃんの世話役となっていた三浦英司のものだと思います」

真紀がマウスをクリックして指紋のデータを表示する。断定はできないが、この指紋が三浦英司と名乗る男の指紋だ。
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