早河シリーズ最終幕【人形劇】
{──それでは次のニュースです。先日壊滅に追い込まれた犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖容疑者は……}

 美月の肩が跳ね上がった。美月の異変に気づいた父親がすぐにテレビを消す。心配した母親も美月の側に駆け寄った。

『大丈夫か?』
「うん……大丈夫」

犯罪組織カオスにも貴嶋とも、二度と関わりたくない。名前も聞きたくない。
父には笑って見せたが美月の顔色は優れなかった。

『何かあればすぐに言うんだぞ』
「うん。……あ、お父さん、もう行く時間だよ」

 リビングの掛け時計を指差した美月は父のビジネスバッグを玄関まで運ぶ。母と共に父を見送って一息ついた。

「今日は何時に出るの?」
「駅で比奈と待ち合わせしてるから、10時の電車に間に合うように出るよ」

貴嶋が大学に仕掛けた爆弾で爆破した校舎の修復や、警察の捜査の為に大学は昨日まで休校だった。今日から冬季休暇まで通常日程の再開だ。

 10時前に美月も家を出て大学に向かった。これで浅丘家の人々は皆、仕事と学校に出掛け、家には結恵だけが残る。

彼女は掃除と洗濯、アイロンがけ等の家事を済ませて自宅を出た。

 家の最寄り駅である東急大井町線、上野毛《かみのげ》駅から電車に乗り、数駅先の自由が丘駅で東急東横線に乗り換えた。

次に結恵が降りた駅は東急線の多摩川駅。ここは大田区の田園調布地帯だ。

 約束の場所は多摩川駅側の田園調布せせらぎ公園。腕時計を見るとそろそろ午後2時になろうとしている。
指定された時間には間に合いそうだ。

冷たい風が目の前を横切る。上京して20年以上になるが、田園調布の辺りには縁がない。田園調布せせらぎ公園も初めて訪れる。

 公園の入り口を入ってすぐの場所にログハウス風の建物があった。あそこが休憩所らしい。側面がガラス張りの休憩所は外から中の様子が覗ける。

結恵は緩やかなスロープを登って休憩所の中に入った。室内のベンチに男がひとりで座っている。

「……佐藤さん……ですか?」

 恐る恐る男に声をかけた。黒いコートを羽織ってうつむいていた男が立ち上がる。
佐藤瞬は結恵に頭を下げた。

『はい。お呼び立てして申し訳ありません。佐藤です』
「はじめまして。美月の母です」

結恵も佐藤に会釈を返した。
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