早河シリーズ最終幕【人形劇】
 浅丘結恵は娘の美月と面差しがよく似ている。
結恵の旧姓は沖田。美月と佐藤が出会った静岡のペンションオーナーの沖田幸次郎の姉だ。

「あなたは亡くなったと聞いていましたから、お電話をいただいた時は驚きました」

 結恵はまじまじと佐藤を見つめる。今の佐藤は三浦英司の変装ではなく、佐藤瞬の素顔だ。
娘が愛した男を目の前にして彼女は何を思う?

『こちらこそご足労いただいて恐縮です。ご近所の目もありますし、浅丘さんのご自宅から離れている方がよろしいのではと思いまして』
「お気遣い感謝します。そうね……。あなたとお会いしているところをご近所さんや、ましてや美月に見つかっては困りますものね」

結恵はガラス張りの窓から差し込む光に目を細める。彼女の立ち振舞いのひとつひとつに品の良さが滲み出ていた。

「せっかく緑の多い場所に来たんです。少し外を散歩しながらお話しませんか?」

 結恵の提案を佐藤は承諾し、二人は休憩所を出た。園内の中央に位置する傾斜地の小道を並んで歩く。
風は冷たいが太陽の光が暖かい。

「どうして私に連絡を?」
『美月さんの母親がどのような方か、お会いしてみたくなったんです』

平日の午後の公園には結恵と佐藤以外の人の姿はなく、散歩中の老婦人とすれ違っただけで他に人の気配はない。

「最初はイタズラではないかと疑いました。3年前に亡くなった娘の恋人から電話がかかってくるなんて思いもしなくて」
『当然です。私も会っていただけないかもしれないと思っていました』
「正直に言えば、お会いするのは迷いました。あなたが生きていることを受け止められませんでしたし、私ひとりでお会いするのも怖かった」

 そう言って視線を下げる結恵の横顔もやはり美月そっくりだ。
周囲を取り囲む木々の葉が風に揺れる。園内は穏やかな時間が流れていた。

『でもあなたは来て下さいましたね』
「佐藤さんと同じです。私も娘が愛した人に会ってみたかった。写真ではあなたのお顔は拝見していたのですけれど」
『写真?』
「静岡で……美月とあなたが海で撮った写真です。美月が見せてくれました」

海で美月と撮った写真を彼女の母親に見られていた事実に佐藤は照れ臭くなった。照れ臭く、気恥ずかしいものだ。

『美月さんとは17歳も歳が離れています。ご両親からすれば、いい歳した男が若い女の子相手に何をやっているんだと思われたでしょうね』
「主人は父親としては複雑な気持ちみたいでしたよ。だけど私は、美月があなたを好きになった気持ちは理解できます。それも今日、ハッキリとわかりました」
『今日ですか?』

 階段を上がった場所に広場とベンチがある。
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