早河シリーズ最終幕【人形劇】
「あなたに美月を愛するなとも、忘れろとも言いません。私が口出しすることではありませんから」
『警察に私のことはお話にならなかったんですか?』
「私が警察に通報して、ここに刑事さんを連れて来ていればどうしていました?」
結恵に問われて彼は滝壺に視線を落とす。流れ着いた先がこの世の果てだったとしても、それが自然の定めだ。
『それならそれで構わないと思ってご連絡しました。逮捕されるならそれでもいいと覚悟してのことでした』
「そう……。だけど警察に話してしまえば、どうしたってあなたが生きていることを美月に知られてしまいます。私はまだ、あなたが生きていることを美月に知られたくないの。もしも、佐藤さんが美月の幸せを壊さないと約束していただけるのなら、今後もあなたのことは警察にも誰にも話さないまま私の胸の内にだけ留めておきます」
『美月さんの幸せを壊すつもりはありません。私は今でも美月さんを愛しています。だから彼女にはずっと笑っていてほしいと思っています』
結恵は困った顔で眉を下げて苦笑いした。
「不思議ね。あなた、どうしてそこまで美月を愛したの? あなたから見ればあの子はまだまだ子どもでしょう?」
『自分でもよくわかりません。でも真っ直ぐで純粋で感情が豊かで……気付いた時には美月さんのそんなところに惹かれていました』
滝を離れてまた小道を行く。小川から流れるせせらぎの音、覆い繁る葉、冷たい北風と太陽。こんなにのんびりと自然の中に身を置く時間も佐藤には久しぶりだった。
「きっと私の知らない美月をあなたは知っているのでしょうね。寂しい気持ちはありますがそれを親が知ることはできない」
『親から見える子どもの部分と他人から見えている部分は違いますからね。成長するに従って、子どもは親の知らない一面を持つようになります』
「そうですね。……だけど美月はまだ完全な大人ではありません」
小道の途中で彼女は立ち止まり、佐藤を見上げた。
「今はあなたが生きていることをあの子に隠していたい。だけどいつか美月がちゃんと大人になった時に。あなたが現れても自分の意志を保っていられるようになるまで……それまではお願いします。美月の前には現れないでください」
深く頭を下げた結恵の姿から娘を想う母親の気持ちがひしひしと伝わる。
『頭を上げてください。ご心配には及びません。私が美月さんの前に現れるようなことはありません。お約束します』
「……ありがとう。勝手を言ってごめんなさい。本音は母親として、あなたの生存を美月に話すべきか迷っているの。あの子は本気であなたを愛していました。だからこそ、私はあの子に酷いことをしているんじゃないかって……」
『いえ、お話にならない方が美月さんの為です』
公園を一周してきたようだ。広場や原っぱに囲まれた小道を歩くと最初に佐藤と結恵が待ち合わせたログハウス風の休憩所が見えてきた。
『私からもひとつ伺ってよろしいでしょうか?』
「何ですか?」
『桜の木の下のおじさん……初恋の彼のことをあなたは今でも……』
結恵は首を傾けて美月と同じ愛らしい笑顔を向けた。
「彼は私の心の一番奥にずっといますよ。心の奥の引き出しに鍵をかけて、大切に仕舞っています」
佐藤と別れた彼女が公園を出ていく。佐藤はまた休憩所のベンチに戻って美月の母親との面会を振り返った。
『やっぱり母親だな……』
タイミングを見計らったように携帯電話が着信する。着信表示に顔をしかめて佐藤は電話に出た。
『はい。……ええ、俺の役目は終えました。今月中にはあちらに帰ります』
『警察に私のことはお話にならなかったんですか?』
「私が警察に通報して、ここに刑事さんを連れて来ていればどうしていました?」
結恵に問われて彼は滝壺に視線を落とす。流れ着いた先がこの世の果てだったとしても、それが自然の定めだ。
『それならそれで構わないと思ってご連絡しました。逮捕されるならそれでもいいと覚悟してのことでした』
「そう……。だけど警察に話してしまえば、どうしたってあなたが生きていることを美月に知られてしまいます。私はまだ、あなたが生きていることを美月に知られたくないの。もしも、佐藤さんが美月の幸せを壊さないと約束していただけるのなら、今後もあなたのことは警察にも誰にも話さないまま私の胸の内にだけ留めておきます」
『美月さんの幸せを壊すつもりはありません。私は今でも美月さんを愛しています。だから彼女にはずっと笑っていてほしいと思っています』
結恵は困った顔で眉を下げて苦笑いした。
「不思議ね。あなた、どうしてそこまで美月を愛したの? あなたから見ればあの子はまだまだ子どもでしょう?」
『自分でもよくわかりません。でも真っ直ぐで純粋で感情が豊かで……気付いた時には美月さんのそんなところに惹かれていました』
滝を離れてまた小道を行く。小川から流れるせせらぎの音、覆い繁る葉、冷たい北風と太陽。こんなにのんびりと自然の中に身を置く時間も佐藤には久しぶりだった。
「きっと私の知らない美月をあなたは知っているのでしょうね。寂しい気持ちはありますがそれを親が知ることはできない」
『親から見える子どもの部分と他人から見えている部分は違いますからね。成長するに従って、子どもは親の知らない一面を持つようになります』
「そうですね。……だけど美月はまだ完全な大人ではありません」
小道の途中で彼女は立ち止まり、佐藤を見上げた。
「今はあなたが生きていることをあの子に隠していたい。だけどいつか美月がちゃんと大人になった時に。あなたが現れても自分の意志を保っていられるようになるまで……それまではお願いします。美月の前には現れないでください」
深く頭を下げた結恵の姿から娘を想う母親の気持ちがひしひしと伝わる。
『頭を上げてください。ご心配には及びません。私が美月さんの前に現れるようなことはありません。お約束します』
「……ありがとう。勝手を言ってごめんなさい。本音は母親として、あなたの生存を美月に話すべきか迷っているの。あの子は本気であなたを愛していました。だからこそ、私はあの子に酷いことをしているんじゃないかって……」
『いえ、お話にならない方が美月さんの為です』
公園を一周してきたようだ。広場や原っぱに囲まれた小道を歩くと最初に佐藤と結恵が待ち合わせたログハウス風の休憩所が見えてきた。
『私からもひとつ伺ってよろしいでしょうか?』
「何ですか?」
『桜の木の下のおじさん……初恋の彼のことをあなたは今でも……』
結恵は首を傾けて美月と同じ愛らしい笑顔を向けた。
「彼は私の心の一番奥にずっといますよ。心の奥の引き出しに鍵をかけて、大切に仕舞っています」
佐藤と別れた彼女が公園を出ていく。佐藤はまた休憩所のベンチに戻って美月の母親との面会を振り返った。
『やっぱり母親だな……』
タイミングを見計らったように携帯電話が着信する。着信表示に顔をしかめて佐藤は電話に出た。
『はい。……ええ、俺の役目は終えました。今月中にはあちらに帰ります』