早河シリーズ最終幕【人形劇】
 カオスの人間の疑いがある黒崎と同じドラマと言うことで念のため、今週から撮影に入るドラマの詳細も聞いていたのだ。

「ドラマの撮影は玲夏さんが火曜日にクランクイン、一ノ瀬さんも今日からクランクイン。二人とも今週は黒崎来人と同じ出番が続くようです」
『じゃあ今頃は三人同じ現場で撮影中かもしれないってことか』
『吉岡社長と連絡つきました。玲夏ちゃんも蓮さんも今は汐留でロケだそうです。電話、社長と繋がっています』

矢野の携帯が早河の手に渡る。

『電話代わりました、早河です』
{矢野くんから話は聞いたよ。拘置所から逃げ出した乃愛がこちらに来るかもしれないんだね?}

 玲夏と蓮の所属する芸能プロダクション、エスポワールの吉岡社長のよく通るテノールの声も今は困惑の響きを伴っていた。

『はい。乃愛が狙うとするなら玲夏です。一ノ瀬さんも危ない』
{わかった。現場の警備を徹底して警戒するように言っておく}
『お願いします。今から矢野と香道を撮影現場に向かわせます』
{君は来ないのか?}
『申し訳ありません。他に行かなければならない所があるので』
{君も大変だな。無茶はしないでくれよ}
『無茶なことをするのが俺の仕事ですよ。それでは……はい、失礼します』

早河は通話の切れた携帯を矢野に返す。三人はコートを羽織って事務所の螺旋階段を駆け降りた。

「撮影現場に行くのが私と矢野さんだけなら所長はどこに?」
『もうひとり狙われてる奴がいる。佐伯が狙う人間はひとりしかいない』

 階段を降りながら早河は携帯電話のアドレス帳で目的の番号を探し当てた。携帯から流れるコール音に耳を澄ませる。

「まさか有紗ちゃん……」
『なぎさは矢野と一緒に玲夏のところに行け。俺は聖蘭学園に向かう』

 なぎさと矢野とアイコンタクトをとった後、早河はガレージにある車に乗り込んだ。携帯電話に接続したイヤホンからコール音が続いた後に繋がった先は、聖蘭学園の松本理事長への直通電話。

『早河です。お久しぶりです』
{早河さん? どうなさったの?}

理事長の上品な声色は1年前と変わらない。なぎさを乗せた矢野の車と早河の車が同時に発進した。

『佐伯洋介が脱獄した件はご存知ですか?』
{はい。警察からもご連絡いただきましたよ。大変な騒ぎになっていますよね。そのせいで学校にマスコミが来ているんです。先ほどからそちらの対応に追われてしまって……}

 脱獄犯の元職場に早々に取材に訪れるマスコミもなかなか勘がいい。鼻が利くと言った方が適切かもしれない。

『理事長、落ち着いて聞いてください。佐伯が学校に現れるかもしれません。奴は有紗の命を狙っています』

理事長の声にならない悲鳴が聞こえた。

『有紗は登校していますか?』
{登校していると思います。でもそんな……え?}

 理事長の声の背後からけたたましいサイレンが鳴り響いた。それは緊急事態の発生を知らせる非常ベルの音だった。
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