早河シリーズ最終幕【人形劇】
 早河は彼女の背中に手を当てて優しく撫で、震える有紗の手を握った。

『有紗、もう大丈夫だ。俺がいる。息を止めて10秒数えろ。その後にゆっくり息を吐け。ゆっくりな』

涙を流して苦しげに喘ぐ有紗は早河にしがみつき、彼の指示通りに息を止め、ゆっくり息を吐いた。

『そうだ。そのまま、また息を止めて吐いてを繰り返すんだ。空気を浅く吸え』

 有紗は早河の胸元から感じる彼の香りを吸い込んだ。大好きな早河の香りと体温を感じて少しずつ呼吸が楽になってくる。

『PTSDの発作か?』

 佐伯に手錠をかけた警視庁公安部の栗山潤警部補は部下に佐伯の身柄を渡して早河と有紗の側に寄る。

『ええ、過呼吸です。だいぶ治まってきましたが……。栗山さん、あの佐伯の様子は……』

 有紗に佐伯の姿が見えないように彼女を抱き締める早河は、手錠をかけられた佐伯に視線を移す。

佐伯はがっくりと頭を垂らして歩くのもままならない様子だった。栗山に撃たれた彼の右肩には血が滲んでいて止血が施されている。

『いきなり抵抗がなくなったんだ。まるで糸の切れた操り人形みたいだな』
『糸の切れた操り人形……』

 佐伯は両脇を刑事に拘束されて連れ出された。佐伯に切りつけられた友梨も刑事に支えられて立ち上がり、泣きわめく友梨を松本理事長が抱き締めていた。

『栗山さん、後のことは頼みます。俺は有紗を病院に』
『わかった。詳細がわかり次第、連絡する』

 栗山にその場の処理を任せた早河は発作を起こした後でぐったりしている有紗を抱き抱えた。血やガラス片が散乱した惨劇の余韻の残る廊下や階段を歩いて校舎を出る。

「早河さん……また来てくれた」
『当たり前だろ』

 有紗は車の後部座席のシートに寝かされ、なぎさのブランケットを身体にかけられた。

早河の車が啓徳大学病院に向かう。汐留にいる玲夏と蓮の保護に行かせた矢野となぎさからは、まだ何の連絡もなかった。
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