早河シリーズ最終幕【人形劇】
『すみません! 乃愛ちゃん待って!』

 乃愛を連れていた二人の刑事が立ち止まる。刑事に肩を叩かれた乃愛はうつむく顔を上げた。

『乃愛ちゃん、もしかして最近誰かに会った? 誰かが乃愛ちゃんに会いに来なかった?』

矢野が乃愛の両肩を掴んで彼女と向き合うと、感情のない二つの瞳に矢野が映った。

『会いに来たとはどういうことです?』

矢野の質問の意図がわからない刑事が尋ねた。矢野は刑事を一瞥してまた乃愛に視線を戻す。

『この子の様子、何か変だと思いませんか? 乃愛に感情が表れたのは蓮さんと玲夏ちゃんを見た時だけ。声に反応したのも蓮さんと玲夏ちゃんだけだ。あとは今みたいに無表情で……催眠か暗示でもかけられているのかもしれない』

 両側を刑事に支えられて立つ乃愛の身体には力が入っていない。例えるなら糸の切れたマリオネットだ。

『拘置所の面会は限られている。外部の人間が沢木乃愛に接触できるとは思えない』
『カオスの人間なら拘置所に忍び込むくらいやりそうだ。現に、拘留されていたケルベロスは誰かに毒を渡されて留置場で自殺した。拘置所にいる乃愛に接触できたとしてもおかしくはない。乃愛ちゃん。最近、君に会いに来た人を教えてほしい』

それまで感情のなかった乃愛の瞳がかすかに揺らぐ。乃愛は血色のない唇を動かした。

「神様……」
『神様?』
「神様が……会いに来てくれたの。ここから出してあげるよって。ここから出れば乃愛の欲しいものが手に入るよって……。でも手に入らなかった。神様、嘘つき。ウソツ……キ……」

 急に意識を失った乃愛が膝から崩れ落ちる。二人の刑事が乃愛を支えてパトカーに乗せた。乃愛を乗せて走り出したパトカーを報道陣のカメラが追いかける。

(神が会いに来た? 貴嶋のことか?)

 乃愛が残した言葉の意味を考えていた矢野は、早河に連絡するためにざわつく人混みの輪を抜けた。
正面には汐留シティセンターがそびえている。

 冬の青空を反射するビルの下に黒崎来人が立っていた。彼は役の衣装そのままで数人の撮影スタッフと話をしている。

ふとこちらを見た黒崎から矢野は目をそらせなかった。
矢野を見た黒崎は口の端を上げて笑っていた。子どもがオモチャを弄ぶように、とても愉しそうに、彼は笑っていた。
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