早河シリーズ最終幕【人形劇】
 処置室に戻る廊下を歩いていると、処置室から白衣を着た女性が出て来た。なぎさの友人で心理カウンセラーの加藤麻衣子だ。

「高山先生はお昼の新幹線でこちらに戻られるそうです」
『そうですか……。高山さんが不在の時にこんなことになってしまって……申し訳ないです』

九州に出張予定だった高山は出張の予定をキャンセルして東京に戻ってくる。佐伯に再び命を狙われた有紗が心配なのだろう。

『有紗の症状はやはりPTSDですか?』
「ええ。自分を殺そうとした男がまた目の前に現れたんです。フラッシュバックが起きて過呼吸になったのだと思います」

処置室の扉を見つめる麻衣子の表情は曇っていた。

「1年かけて少しずつ症状が緩和してきた矢先に……。有紗ちゃんの心が心配です。でも私達が有紗ちゃんに出来ることは限られています。側で見守るしかありません」
『そうですね。見守ってやることしかできない。なぎさがこちらに向かっています。高山さんが戻るまでの間、なぎさに有紗の付き添いを頼みました』
「わかりました。……あの、早河さん」

処置室の扉を開けた早河は麻衣子の呼び止めに振り向いた。

「早河さんがカオスを壊滅させた時は、莉央も逮捕されることになりますよね」
『……ええ。なぎさと加藤さんには辛い結果になりますが』
「当たり前なことを聞いてしまってごめんなさい。覚悟はしているつもりです。きっとなぎさも……」

 早河に会釈して麻衣子が立ち去った。処置室に並ぶベッドの一番奥に有紗が寝ている。

「……早河さん」
『起きたか』

有紗が薄く目を開けた。彼女は顔を動かして傍らの早河を見る。

『お父さんもすぐにこっちに帰ってくるからな』
「お父さん……出張だったのに……私のせいで仕事が……」
『有紗が気にすることじゃない。お父さんはそれだけお前が大切なんだよ。今はゆっくり休め』

 早河は有紗の頭を優しく撫でた。有紗はくすぐったそうに目を細めて早河を見つめる。
彼女の目には涙が溜まり、身体を起こした有紗は早河に抱き付いた。

「怖かった……」
『大丈夫。もう何も怖くない。俺もお父さんも、みんなが有紗のことを守ってる』

早河の胸元に有紗の涙が滲んで跡を作る。泣きじゃくる有紗を抱き締めて早河は誓った。

絶対なんてものはこの世にはないのかもしれない。それでも絶対に、守り抜く。
絶対に……。
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