早河シリーズ最終幕【人形劇】
 緊急避難の訓練は受けていても切羽詰まった者達が我先にと廊下を走っていく。
外部からのハッキングによって使い物にならなくなったパソコンが並ぶ経営戦略部の室内もあっという間に人の気配が消え失せた。

 避難の列の最後尾に並んでいた隼人はふと足を止めて無人のフロアを振り返る。

何かが起きている。得体の知れないものが蠢いている予感。同じ種類の胸騒ぎを3年前の事件の前にも感じたことがある。
静岡に到着したバスを降りた瞬間に感じた胸騒ぎと今の感覚はよく似ていた。

『木村っ! 何してるんだ、早く逃げるぞ』
『……はい!』

 上司に促された隼人は後ろ髪を引かれながら非常階段を降り、隣接する芝公園に向かった。消防車のサイレンの音が近付いて来る。

避難場所となった芝公園の野球場にはJSホールディングスの社員で埋め尽くされていた。何事かと騒ぎを見物する野次馬もいる。

「火事じゃなくて爆弾の爆発だって総務の人が言ってた」
「爆弾が仕掛けられていたの?」
『どうしてそんなものがうちに?』

辺りでは爆弾と爆発と言う物騒な単語が飛び交っている。

「……えっ! ねぇねぇ、爆発したのうちだけじゃないよ。大学も爆発したってニュースでやってる!」

 隼人の近くにいた女性社員が携帯電話の画面を見て声を上げた。皆が一斉に自分の携帯を取り出してインターネットのニュースに接続する。

隼人も自分の携帯をネットニュースに接続した。女性社員の言う通り、画面上部に速報で大学の爆破騒ぎが報じられていた。
記事に書かれた大学名に隼人は愕然とする。


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速報! 今日午前11時頃東京都渋谷区の明鏡大学構内で爆破事件、怪我人の詳細は不明

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(嘘だろ……明鏡大って美月の……)

 隼人はニュース画面を閉じて着信履歴から美月の携帯番号を呼び出した。当然呼び出し音が鳴るものだと思っていた隼人の耳に聞こえてきたのは機械的なアナウンス。

{……電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない為……}

何度かけ直しても美月の携帯のコール音は響かなかった。
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