早河シリーズ最終幕【人形劇】
隼人が芝公園に避難する少し前、午前10時50分過ぎ。渋谷駅で電車を降りた浅丘美月は明鏡大学に通じる青山通りを歩いていた。
今日の講義は午後からだ。早めに行って学食で時間を潰していよう。
紅葉を終えて葉が落ちた街路樹のケヤキ並木は夜になるとイルミネーションが灯る。
25日のクリスマス当日には人気ロックバンドUN-SWAYEDの初の武道館ライブに行く予定があり、今からとても楽しみだった。
(今日パトカー多くない? 何かあったのかな?)
渋谷駅を出てからの数分間で何台ものパトカーとすれ違った。怪訝に思いつつ通りを進み、宮益坂《みやますざか》上交差点を過ぎた辺りで美月は足を止める。
三浦英司が歩道に立っていた。
「三浦先生……」
『おはよう』
「……おはようございます。どうして先生がここにいるんですか? 先生の授業はもう終わりましたけど……」
三浦英司は月曜日の講義を担当している非常勤講師だ。彼が担当していたギリシャ神話と人間心理学の講義は一昨日にすべての授業内容が終了している。
水曜日のこの時間に明鏡大学に用がないはずの三浦がなぜ大学近辺にいる?
『今日は学校には行かない方がいい』
「行かない方がいいってどういうことですか?」
低音で囁かれた三浦の言葉に美月は眉をひそめた。
『行ったとしても授業どころではなくなる』
「あのっ! いきなりなんなんですか。意味がわかりません! 仮にも先生ならもっと順序立てて分かりやすく説明してください」
『減らず口が上手くなったものだな』
こちらを睨み付ける美月を見て三浦は苦笑する。距離を詰めてくる彼に対して美月は後退した。
細いフレームの眼鏡から覗く瞳を見るのが怖い。“あの人”と同じ瞳を直視できない。
三浦英司はあの人ではないのに。では誰? この男は……誰?
「あなた……何者なの?」
美月の問いかけに三浦の動きが止まる。彼は美月をしばらく見据えた後に背後を振り返った。
『迎えが来た。一緒に来てもらおう』
黒塗りの乗用車が美月と三浦の側に停車した。
後部座席のスモークガラスの窓がゆっくり開く。開かれた窓から見えた顔に美月は息を呑んだ。
『やぁ美月。ご機嫌いかがかな?』
「……キング」
スモークガラスの先に現れた犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖が美月に向けて微笑んでいる。
美月は貴嶋を見て、それから三浦を見た。彼女の瞳に戸惑いと怒りが宿る。
「三浦先生はカオスの人間なの? 最初から……このつもりで?」
『美月。“三浦先生”は私の命令に従っていただけだ。言いたいことがあるのなら私が代わりに聞くよ』
後部座席の扉を三浦が開ける。長い脚を伸ばして歩道に降り立った貴嶋は美月の目の前に立った。
『食事でもしながらゆっくり話をしよう』
「あなたと話すことなんかないっ!」
『ほう。では、これを押してもいいのかな?』
貴嶋は小さなリモコンを持っている。
今日の講義は午後からだ。早めに行って学食で時間を潰していよう。
紅葉を終えて葉が落ちた街路樹のケヤキ並木は夜になるとイルミネーションが灯る。
25日のクリスマス当日には人気ロックバンドUN-SWAYEDの初の武道館ライブに行く予定があり、今からとても楽しみだった。
(今日パトカー多くない? 何かあったのかな?)
渋谷駅を出てからの数分間で何台ものパトカーとすれ違った。怪訝に思いつつ通りを進み、宮益坂《みやますざか》上交差点を過ぎた辺りで美月は足を止める。
三浦英司が歩道に立っていた。
「三浦先生……」
『おはよう』
「……おはようございます。どうして先生がここにいるんですか? 先生の授業はもう終わりましたけど……」
三浦英司は月曜日の講義を担当している非常勤講師だ。彼が担当していたギリシャ神話と人間心理学の講義は一昨日にすべての授業内容が終了している。
水曜日のこの時間に明鏡大学に用がないはずの三浦がなぜ大学近辺にいる?
『今日は学校には行かない方がいい』
「行かない方がいいってどういうことですか?」
低音で囁かれた三浦の言葉に美月は眉をひそめた。
『行ったとしても授業どころではなくなる』
「あのっ! いきなりなんなんですか。意味がわかりません! 仮にも先生ならもっと順序立てて分かりやすく説明してください」
『減らず口が上手くなったものだな』
こちらを睨み付ける美月を見て三浦は苦笑する。距離を詰めてくる彼に対して美月は後退した。
細いフレームの眼鏡から覗く瞳を見るのが怖い。“あの人”と同じ瞳を直視できない。
三浦英司はあの人ではないのに。では誰? この男は……誰?
「あなた……何者なの?」
美月の問いかけに三浦の動きが止まる。彼は美月をしばらく見据えた後に背後を振り返った。
『迎えが来た。一緒に来てもらおう』
黒塗りの乗用車が美月と三浦の側に停車した。
後部座席のスモークガラスの窓がゆっくり開く。開かれた窓から見えた顔に美月は息を呑んだ。
『やぁ美月。ご機嫌いかがかな?』
「……キング」
スモークガラスの先に現れた犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖が美月に向けて微笑んでいる。
美月は貴嶋を見て、それから三浦を見た。彼女の瞳に戸惑いと怒りが宿る。
「三浦先生はカオスの人間なの? 最初から……このつもりで?」
『美月。“三浦先生”は私の命令に従っていただけだ。言いたいことがあるのなら私が代わりに聞くよ』
後部座席の扉を三浦が開ける。長い脚を伸ばして歩道に降り立った貴嶋は美月の目の前に立った。
『食事でもしながらゆっくり話をしよう』
「あなたと話すことなんかないっ!」
『ほう。では、これを押してもいいのかな?』
貴嶋は小さなリモコンを持っている。